劇場公開日 2010年3月13日

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「北川景子の殺陣シーンが素晴らしい。けれども・・・」花のあと 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0北川景子の殺陣シーンが素晴らしい。けれども・・・

2010年3月12日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 海坂藩の堀端は、春爛漫に桜が咲き誇り、
 水面にその花弁を敷き詰めていた。
 枝に留まる花びらも、一片二片と舞い散り、
 華やかりし花のあとの、
 寂静が忍び寄っていたのだった。

 人の一生においても、華やか時のあとは、寂しさばかりが募るばかり。けれども主人公の以登は、若き頃の一瞬の華を何十年も忘れず、大切に仕舞って、心の糧としていたのでした。

 満開の桜の下で以登に声をかけたのは、羽賀道場の高弟・江口孫四郎でした。父・寺井甚左衛門に剣の手ほどきを受けた以登は、道場の二番手、三番手を破るほどの剣豪だったのです。わずかでも孫四郎の人柄に触れた以登は、父に孫四郎との手合わせを懇願します。
 念願叶って、孫四郎と剣を交えたとき、女だからと手心を加えない真剣さに、一瞬で胸を焦がしてしまった自分がいることに気がつきます。ただ一度の手合わせで以登が感じたものは、紛れもなく初めての恋とかなわぬ想いでした。
 どんなに思い詰めても家が定めた許婚がいる以登は、孫四郎への想いを断ち切ります。 許婚の才助は、粗野で大飯ぐらい。生理的に嫌悪感を感じてしまった以登は、婚儀が済むまで、指一本も触れることを許さぬくらいに、才助を拒み続けたのです。

 その数ヵ月後、孫四郎が藩の重役・藤井勘解由の卑劣な罠にかかって自ら命を絶ってしまいます。江戸から帰国した才助の手を借りて事件の真相を知った以登は、孫四郎の無念を晴らすために、そして自らの淡い想い出のために剣を取るのでした。

 才助は以登の想いをわかっているにも関わらず、笑って気安く彼女を手助けします。凡庸な人物なら、そう簡単には感情を殺せないだろうと思います。そうに見せてしまう才助の心の広さと非凡さが意外でした。
 才助は後に家老に出世して、昼行灯と呼ばれたと老いてからの以登が語っていました。 そんな以登の一途さと、それを優しく包み込む才助の心象に心が沁いくような「原作」だったのです。

 映画では、随所に冬の鳥海山が写し込まれて、映像美溢れるところは、監督が替わっても『蝉しぐれ』『山桜』とシリーズ共通のこだわりのようです。
 冒頭の以登と孫四郎が桜の下で出会うところも、凄く『山桜』に似ています。ただ、ここから数シーンに渡って、ふたりの台詞が完全に棒読みで、興ざめしました。なんであんな演出をするのか、理解できません。
 宮尾俊太郎の映画出演は初めてなので、経験不足だったのかも知れません。孫四郎の演技に固さを感じました。『山桜』の冒頭のふたりが出会うシーンが、凄く良かったので、本作でも、孫四郎に東山紀之クラスの俳優を投下したら、もっと引き締まった作品となったことでしょう。
 比べてみますと前作『山桜』の篠原哲雄監督の演出が、際だって良かったですね。
 それでも、北川景子の殺陣には感動しました。素人目にも半年間みっちり鍛錬に励んだという努力の跡が感じられました。敵役の藤井を演じる市川亀治郎と果し合いシーンでは、尋常ではない気迫で迫ってくる亀治郎に、五分で殺陣にぶつかっているのです。役者としてはどんなに恐かったことでしょう。
 この真剣さに加えて、孫四郎との試合の後、一瞬覗かせる女しての恋する顔、この素早い変化を演じ分けられたからこそ、たった一度の出会いで抱く恋心が、その後の仇討ちに繋がる展開に現実味を持たせてくれました。

 シリアスな展開のなかに、剽軽さをもたらしてくれるのが、才助の存在。ポーカーフェイスを気取りつつも、一度行動すると、持ち前の巧みに人を動かす才能を発揮するなど、一見馬鹿のように見えて、なかなかドラマのキーマンとなっていました。しかも抜け目なく以登を見守っていて、ピンチの時どこからともかく現れて、仇討ちの後始末を引き受けます。(何故か剣では加勢しようとしなくて、見殺しにしていたのが気になりましたけど)そんな才助を表情豊かに演じた甲本雅裕の演技も、良かったです。

流山の小地蔵