劇場公開日 2009年8月22日

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「具現化する父への思い」ちゃんと伝える よしたださんの映画レビュー(感想・評価)

2.0具現化する父への思い

2014年12月31日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

泣ける

 父親の葬儀の日、霊柩車のハンドルを葬祭業者の男から奪った主人公は、一緒に釣りに行くと約束していた湖へと向かう。湖のほとりに着くと、棺を車から降ろし、父親の亡骸を取り出すのだ。
 この遺体を棺桶から引き摺り出すというシーンは、父親の死からここに至るまでの登場人物たちの情感をバッサリと切り落とすくらいの強い印象を放っている。棺の蓋をこじ開けて、葬儀の参列者が手向けた花を掻き出す主人公の姿は、おおよそ人の死を悼む者には見えず、むしろ滑稽ですらある。
 しかしながら、大胆で非常識なこの行為によって、観客は再び主人公の気持ちに寄り添い始める。それまでその言葉や涙で哀悼を示していた参列者たちが遠景に遠ざかり、かわって誰も知る由もない息子の父への思いに焦点が結ばれる。この映画はまさにこの一点のために存在しているかのようだ。
 園子温監督が自らの父親に捧げるとサインしていることからも分かるように、この作品は亡き父への強い思いがほぼ唯一のテーマとなっている。監督自身の経験として、他の会葬者たちの哀悼の海から死者を引き揚げて、二人だけの意味世界で最期のときを過ごしたいということがあったのではなかろうか。
 母子関係とは先天的なもので、そこに改めて意味や価値を求める必要がないほど自明のものである。しかし、父と子の関係には、当事者同士の意味付け、価値の付与が不可欠なのだ。この主人公の行為はこうした意味付けの作業であり、それがなされないことには、自分と父親との関係がどのようなものであったのかを自覚することは出来ないということであろう。

佐分 利信