劇場公開日 2008年8月30日

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コッポラの胡蝶の夢 : インタビュー

2008年8月29日更新

コッポラの胡蝶の夢」は、「ゴッドファーザー」3部作や「地獄の黙示録」で知られるフランシス・フォード・コッポラ監督が、実に10年の沈黙ののちにつくり上げた新作。原作は、中国の古典「荘子」の故事「胡蝶の夢」をモチーフとして、現代ルーマニア文学の巨匠エリアーデがつむぎ上げた幻想文学「若さなき若さ(Youth Without Youth)」。第2次世界大戦前の1938年、ルーマニア・ブカレストの街で絶望の中にいた年老いた言語学者ドミニク(ティム・ロス)が、雷の直撃を受けてからというもの、奇跡的に肉体的な"若返り"を見せ、知的能力も驚異的に飛躍させてしまうという数奇な運命を背負った男の幻想奇譚だ。

いささか難解めいた企画を実現するため、プロデューサー兼監督としてプロダクション規模を最小編成にし、最初(資金集め)から最後(最終編集)までを自らの手で推し進め、まるで“私小説”でも書くように本作を撮り上げた巨匠コッポラに、eiga.comではインタビューを敢行した。(文・構成:佐藤睦雄)

フランシス・フォード・コッポラ監督インタビュー
「もう一度自分の人生を生きるのなら、たぶん同じ人生になると思う」

豊穣な映像表現に彩られた巨匠コッポラのパーソナルフィルム
豊穣な映像表現に彩られた巨匠コッポラのパーソナルフィルム

──「レインメーカー」からの10年間、再編集版「地獄の黙示録 特別完全版」を除いては、劇映画の製作をしていませんでしたが、その間に何をなさっていたのですか?

「映画製作には時間がかかるし、もし脚本を書いたとしても、1年余計にかかったり、プロセスにはもっと時間がかかるのがしばしばだ。(『レインメーカー』後の)大半の時間は、ニューヨークが舞台のオリジナル企画『メガロポリス』という大きくて野心的な企画にとりかかっていた。また、ホテルを2軒建て、ワインビジネスを拡大させ、文学雑誌を創刊し、レストランも2軒オープンさせた。けれども、クリエイティブ面での不満や欲求は満たされなかった」

──現在のハリウッドの多くの作品はマーケティング先行です。あなたのようにリスクを冒す映画作家にとって、絶望的な世界なのでしょうか。

「私にとっては絶望的な状況ではないよ。自分の作品は個人的にファイナンス(資金集め)することに決めているからね。"あなたは今日、もう、『地獄の黙示録』のような映画をつくることが出来ないんですね"とよく言われたりする。真実はというと、当時だって(誰も)そんな映画を私につくってほしくなかったんだよ(笑)。私の友人の誰もが演じると名乗り出なかったし、誰もファイナンスをまとめようともしなかった。だから、私はローンの担保にするため、ナパバレー(カリフォルニア州のワインの名産地)に家を建て、ワイン畑を持ったんだ。

フランシス・フォード・コッポラ監督
フランシス・フォード・コッポラ監督

スタジオは、映画をドル箱商品と見ている大会社によって所有されているから、以前にも増してリスクを嫌っているんだ。彼らは、毎回栓を開けるたびに同じ味がして変わりばえがしないコカコーラのような、予想可能な商品ばかりをほしがっている。観客はそれを“飲み干す”けれど、忘れられなくなるような映画の数は毎年減るばかりだ」

──ご自分でファイナンスからプロデュースまでこなす最大のメリットは?

「それは、撮影許可や製作資金をもらうためにスタジオへペコペコ頭を下げに行かなくて済むことだよ。それに、私を監視し、要らない注意を与えてくる製作者がいないこともありがたい」

──過去さまざまな製作者たちと何度も"衝突"を繰り返したと思います。今度の作品で、映画監督コッポラから多重人格的に製作者コッポラを見て、どう思われましたか?

「そうだね。しかも製作者たちと"衝突"すると、詳しく文書化されて(さらにしばしば誇張されて)、“ファイル(ブラックリスト)”に保存される(笑)。製作者の私は、映画の完成版に影響を与えないような形で、どのように製作を取りまとめ、予算のためにどこを削ったらいいかを知っている。しかし私は、製作者でも監督でも、どちらの立場であれ、製作者が監督のやり方に口出しさせることは絶対にさせなかったよ。時間面でも金銭面でもそうだった」

ティム・ロスは念願叶ってのコッポラ組初参加
ティム・ロスは念願叶ってのコッポラ組初参加

──「コッポラの胡蝶の夢」のタイトルバックは、1940年代のフランク・キャプラ映画のようにスタッフ&キャストの名前がナナメに並びます。それだけ、よりパーソナルでミニマムなスタッフで撮ったということの証でしょうが、ある意味、古めかしいこのスタイルを選んだ理由は何ですか?

「映画の話は第2次世界大戦の直前から始まるので、タイトルはその頃の時代を映画にも反映したかったんだ。それは、運転手からヘアスタイリストまで全員がクレジットロールに載っている、ずっと前の時代だった。今回のクレジットは、パーソナルな映画をつくりたかったからこうなったのではなく、あくまで作品の内容が持つテーマと時代に合わせたんだ」

──小津安二郎映画のように固定カメラで撮ったとのことですが、室内のシーンはコダックフィルムの特性が出て、黄色を基調とした色彩設計がなされていて美しいばかりです。シネマトグラファーのミハイ・マライメア・Jr.との撮影のなかで、かつてゴードン・ウィリスと組んで「ゴッドファーザー」をやったころの撮影などを思い出しましたか?

「そうだ、この作品で使用しているカメラテクニックは、『ゴッドファーザー』に似ている。まるで壁のレンガを積み上げるかのように、ショットごとにカッティングが使われて、固定カメラで撮られたシーンが何重にも重なりあってデザインされるという構造なんだ」

撮影中のコッポラ監督
撮影中のコッポラ監督

──脱線しますが、小津監督の墓碑に仏教用語の「無」という文字が刻まれているのをご存じでしたか?

「『コッポラの胡蝶の夢』では、インドの賢者がベロニカ(ルピニ)をこう言って起こすシーンがある。形もなく/感情もなく/選ぶこともせず/何の意識もない/すべてが消え去る/はるか遠くに跡形なく/それが悟りなり。『無』とは深い言葉だ」

──物語の大筋は、中国の古典「荘子」の「胡蝶の夢」をモチーフとしていますね。初めて「荘子」を読んだとき、率直にどう感じられましたか?

「私が荘子の『胡蝶の夢』の話を初めて聴いたのは、ホルヘ・ルイス・ボルヘス(幻想文学作家・詩人)の講義の時だった。だから、ミルチャ・エリアーデ(原作者)の小説で再びこのエピソードを目にした時、どうしてもこのアルゼンチン出身のボルヘスとルーマニア出身のエリアーデの短編における共通点に強く惹かれたよ」

──もしご自分の人生の中で時間を巻き戻して戻れるのなら、どの時期まで“若返って”、夢から覚めたいですか?

「もう一度自分の人生を生きるのなら、たぶん同じ人生になると思う。自分が死んだ時に『これをしとけば良かった、あれをしとけば良かった』と悔やみたくないからね。もうやってしまったんだからさ」

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