シークレット・サンシャインのレビュー・感想・評価

シークレット・サンシャイン

劇場公開日 2008年6月7日
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主人公はどうしたかったのか?神様の正体と宗教の意義を含めて考えてみました。 ネタバレ

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主人公のチョン・ドヨンの演技がすごかったとか、キム社長役のソン・ガンホがユル・イイ奴で良かったとか、一本の映画としてイイ映画だったと思います。それは間違いないですね。

でもさらに、「神様ってなんだ」とか「宗教ってなんだ」とか、「赦しってなんだ」っていう命題をグリグリと突きつけられる作品で、考え始めたらえんえん考えちゃうタイプの映画でした。

えんえん考えて、とりあえず至った解釈は、

「神様は直接的には助けてくれない」という真理を主人公は誤解して、アテが外れてイジケていたけど、実は主人公が気付いてないところでちゃんと救われていたというお話です。

主人公が誘拐殺人事件で我が子を失って、心のダメージを負いました。どれ程のものか想像すると、子を持つ親としては胸が痛いですが、仮にその損失を100とします。

損失100を復讐100で直接的に回収することは、犯人逮捕によって不可能になりました。

でも損失100をひとりの個人が抱えるには、あまりにキツイようです。
損失100は、心の中では怒り100になったり悲しみ100になったり、悔恨100になったりと暴れ回ります。このままでは心が壊れてしまうので、いったん損失100を「債権譲渡」みたいなカタチで宗教に委ねることにします。

宗教に委ねた100の空白は、「神の愛」とか「救済」で補填されることになりました。でも主人公が思っていたよりもずっとゆっくり、少しずつです。

待ちきれない主人公は、「犯人を許すという善行」によって、その100を一気に取り戻そうとしました。犯人が反省していれば「犯人の懺悔や後悔100」を、犯人が反省していなければ「犯人の囚われの苦しみ100」を目の当たりにすることで溜飲を下げることができたでしょう。どちらにしてもそれを“主人公が”許すということで、優越感100なのか、自己充足100なのか、なんらかのカタチで損失100を回収できると、漠然なりとも期待したのではないでしょうか。

ところが刑務所の面会の場面。あの展開はビックリしましたね。そこをヤマ場にして映画を終わってもいいんじゃないかと思いました。

なんと犯人は、すでに“神様が”許していたのです。「逮捕されてから入信して神に許しを乞ううちに、自分は神に許されたのです」としゃあしゃあと言いやがるわけです。
今日“私が”なんらかのカタチで回収するはずだった100を、こともあろうに“犯人が”「神の許し100」というカタチで手に入れてるってことです。

主人公にしてみれば、「私が預けた債権を神様が勝手にチャラにしやがった。裏切られた!」って気持ちになりますね。そうすると、主人公が回収し損なった債権100の取り立て先は、犯人から神様に交替するわけです。

神様から何を取り立てるか。

主人公のとった行動は、例えば「神の御前で」CDを万引きしてやる!とか、
宗教講演のBGMを、万引きしたCDにすり替えて講演を妨害してやる!とか、
聖人を気取った信者を誘惑して、姦淫の罪を犯させてやる!とか、
自分に純粋に尽くしてくれるキム社長の愛を、下世話な性欲で汚してやる!とか、
ついには自傷行為してやる(死んでやる?)!とかでしたね。

主人公はそういう行動によって、神の権威の失墜100を意図したのでしょうか?自分を裏切った神を逆に100裏切り返してバランスを取ろうとしたのでしょうか?

たぶんそうじゃないですよね。

こういう行動って「自分を捨てた男への当て付け」であったり、「自分を愛してくれなかった親への当てこすり」によくあるパターンじゃないですか。

つまりスネて甘えてるってことです。「こんな私を救ってみせてよ!」ってことなんですけど、それらの行動はどれもこれも途中で失敗します。

万引きしても店先で捕まるし、宗教講演は続いていくし、誘惑は未遂で終わるし、キム社長は純愛を貫くし、自分は病院から退院してきちゃうわけです。

退院ついでに美容院に寄れば、そこの美容師は犯人の娘で、その娘は、主人公が罰を与えたわけでもないのに、ちゃっかり神様から試練を与えられてそれを乗り越えつつあったりします。

捉えようによっては、何から何まで主人公の思うようにはなりませんでしたが、
それこそが「神の愛」であり「救済」であったことに主人公は気づきません。

主人公はさんざん神様に毒吐きますが、結果的には報復殺人者にならなかったし、(神を恨むことで)人を恨まずに済んだし、自分を汚したり殺したりせずに済みました。神様の仕事としてはグッジョブな部類に入る方のお話だったと思います。

神様は実体を持たないので、人を直接的に救うことはできません。実体がないのを擬人化したり、偶像化したりするので神様や宗教の話は往々にしてややこしくなってしまいます。

じゃあ神様とははなんだって話は、この映画でいうところではキム社長であり、店のインテリアをアドバイス通りに変えたおばさんです。
現実社会に存在する神様は、ピカピカの法衣を着ているわけでも、超能力者的なキャラクターを備えているわけでもなく、そのへんで暮らしにまみれて何気に支えてくれるのです。

世界全体を余すこと無く照らしてくれる天照大御神なんてのは、突き詰めていけば単なる「太陽の擬人化」です。太陽を科学的に「惑星」として認識するのであれば、天照大御神という神様は必要ありません。

でも自分の人生で足元がおぼつかない時、そこをピンポイントに照らしてくれる誰かがいるならば、その人をこそ神様として有難がればいいし、誰かが困ったときにその足元を照らしてあげられるなら、その人は誰かにとっての神様になるわけです。

「じゃあ、困ったときはお互い様ってことで、助け合ったほうが人類全体としては生きやすいよね。」っていう知恵とか仕組みを「宗教」って呼ぶんだと思うんです。

美容院には行き損なった。自分で髪を切るのはやりにくい。でも鏡をいい角度で持っててくれる人がいる。その程度の、ちょっとした暖かい「日差し」が、神様の正体ですって話だったんじゃないかなと思いました。

ウシダトモユキ
ウシダトモユキさん / 2015年5月19日 / PCから投稿
  • 評価: 3.0
  • 印象:  難しい
  • 鑑賞方法:DVD/BD
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宗教の力 ネタバレ

※本文にネタバレがあります。 [ ▼クリックして本文を読む ]

心に深い傷を持った女性が宗教により追い詰められてしまった。結局最後に人を救うのは人ってことなのかな。宗教の効用と限界を描写してると解釈しました。宗教は人により幸せな結末を迎えらる場合もあるだろうし、より不幸になる場合もあるんだろうと思います。見ごたえがありました。宗教にはまるのはやっ!とは思いましたが。

じぶ
じぶさん / 2014年12月30日 / Androidアプリから投稿
  • 評価: 5.0
  • 印象:  泣ける 悲しい
  • 鑑賞方法:-
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テンポ悪いのでちょっと眠い ネタバレ

※本文にネタバレがあります。 [ ▼クリックして本文を読む ]

キリスト教を信じて救われるってことをより近い文化圏の視点で理解できるかと期待したけどまったくわかんない。むしろそれを否定してるのかなと。

面会に行ったあとキレちゃう気持ちはなんかわかるし、独特の人間関係が面白いから観て損はないけど個人的にはキム・ギドクの宗教観の方が共感できる。

スベスベマンジュウガニ
スベスベマンジュウガニさん / 2014年12月14日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 2.5
  • 印象:  悲しい 怖い 難しい
  • 鑑賞方法:DVD/BD
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微妙 神様って…

好評だったので、鑑賞しました。
ん…期待外れ 宗教に救われ 宗教に泣かされ追い詰められ 神様は平等なんだなぁ と納得ができず 感情移入はできなかった作品

ベジ
ベジさん / 2014年10月10日 / スマートフォンから投稿
  • 評価: 3.0
  • 印象:  悲しい 難しい
  • 鑑賞方法:-
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映画館で観たら、自分は一体どうなっていただろう

ずっと映画館で
上映されていたときから気になっていました。

ただ自分でも
その辺りの深層心理がわからないのですが、
映画館に足を運ぶのを躊躇っている自分がいました。

ストーリーも知らず、
ここでの評価も高かったのに。

ひとつだけハッキリ記憶に残っているのは
リーフレットに映し出された主人公の女優さんの
表情に近寄りがたい、いや近づいてはいけないオーラを感じたこと。

満を持して、というわけではありませんが、
覚悟を決め、DVDを手にとったのでした。

☆彡     ☆彡

重いですね
さすがカンヌ国際映画祭女優賞を獲っただけありますね
あのソン・ガンホが霞んでみえましたから

映画館で観るべきだった
映画館で観なくてよかった

両方の思いが交差しています。

映画館で観ていれば
もっと自信を持って星5個をつけます。

でも、映画館で観ていれば、
すぐに席を立つだけの力を
両脚に行き届かせた自信がありません。

家で観ただけなのに
気がおかしくなりそうですから
映画館で観ていたとしたら、一体どうなっていたことか。

わけもわからず、前の席をバンバン叩いたり、
なんの関係もない、赤の他人を睨みつけたり、
おそらくまわりに迷惑をかけてしまったような気がします。

『チェイサー』鑑賞直後のお手洗いで
まったく見ず知らずの男性を睨みつけ怯えさせてしまったように。

作中のシチュエーションではありませんが、
これほどまでに映画館から自分に今作を遠ざけたのは
なんらかのメッセージが込められていたのだと思います。

◇   ◇

なにをキッカケに
イ・チャンドン監督は今作を着想したのでしょうか。

作品タイトル
音楽の使いかた
ストーリー展開
オープニングとエンディング

こんな月並みな言葉で
大変申し訳ないのですが、
パーフェクト、完璧でした。

音に関していうと
ある出来事が起きているとき。

音楽流していないんですよ。
音楽流して観客の気持ちを動かすような場面なのに。
セリフだけで行ききっちゃうんですよ。その場面で
「この映画、エライ作品だぞ。やばいぞ、これは」とアラームが鳴りました。

もう、そこから先は・・・。
もう、ことばになりません。

☆彡     ☆彡

“嘘”
“赦し”
“偽善”
“青い鳥は心の中にいる”

主人公の彼女は
最後に気づいたのでしょうか。

あなたははやくからゆるされていたことに

septaka
septakaさん / 2010年1月18日 / PCから投稿
  • 評価: 5.0
  • 印象:  怖い
  • 鑑賞方法:DVD/BD
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宗教って、神様って、平等って、赦しって。

 イ・チャンドン監督の作品は強烈だったオアシスしか観たことないが、
 オアシス同様にグヮン、グヮンと揺さぶられた。

 事故で夫を亡くしたシネ(チョン・ドヨン)は夫の故郷で再出発するために、
 息子ジュン(ソン・ジョンヨブ)と
 ソウルからミリャン(密陽)へ引越しをする途中に、
 車が故障してしまいレッカー車を呼ぼうとしていると、
 自動車修理工場を営んでいるジョン・チャン(ソン・ガンホ)がやってくる。
 彼は親切にしてくれ、街についてからも世話をやいてくれ、
 ピアノ教室も開き、順調そうな生活を送っていたが、ある時息子が・・・。

 息子が、シネが車から降りるシーン。
 息子が父親のイビキを真似し、そんな息子を真似するシネ、などなど、
 つまんない作品だと終盤になると覚えてないことも多いような僕が、
 序盤の印象的でもないようなシーンが物語が進むと、
 無駄のなかったシーンの連続だったということが分かり、蘇ってきて、
 残酷に人間の本質を描いているようで、それでいて美しく、
 恐さすら感じてしまう。

 絶望の淵に立ち、壊れてしまうシネ。
 何も出来ずに傍にいるジョン・チャン。

 序盤から自分を作っている様な主人公のシネも、
 優しくしてくれるジョン・チャンをはじめとしたミリャンの人々も、
 少しずつ何か気持ち悪いというか、観てて居心地が悪い。
 普通なようで気持ち悪いようで、どこか変な感じを漂わせている。
 それは何かあると思って観ているからか、
 現代の居心地の悪さか、シネの居心地の悪さが出ているのか。

 中盤で宗教に救いを求め表情が変わっていくシネにも、
 そんなことじゃないんだろうなと、何を描こうとしているのか、
 イ・チャンドン監督の作品を知っていると、身構えつつ観ていると、
 あるきっかけでまた壊れていく。

 はじめは薦められた宗教の勧誘をこばんだシネが神を信じ、愛し、
 癒されていく先にあるものは、赦そうとする気持ち。

 しかし、発せられた言葉に、絶望感を味わい、また壊れていく。

 赦すとはどういうことなのか、シネは神ではない。神は平等なのである。

 空を睨んでシネは神を罵倒し、もがき苦しみ、光を求める。
 そして、冒頭では空を見つめていたカメラも、
 その空から降り注ぐ光を追い求めていたように、ラストで着地する。

 何を信じて、何に救いを求めればいいのか、
 矛盾を感じた時どうすればいいのか。
 おかしいと思ってしまう赦しを提示し、
 複雑になりすぎているような世の中で、何をあなたは信じますかと、
 監督に問われているようである。

 最初は下心から優しくし、近づいたかもしれないジョン・チャンが、
 シネに特にこれということもなく寄り添っている姿は、
 存在感を消し去ったように演じるソン・ガンホがただ傍にいることが、
 平凡の男でもいてくれているだけで、救われているように感じる。
 あなたの幸福とはこんなことではないですかと、優しさを感じさせ、
 ぐるりのこと のリリー・フランキーも想起させるようで、
 誰かに寄り添い、寄り添って貰いたいと思い、
 時代が求めているのはこんな男なのかもしれないと思う。
 ぐるりのこと のラストのセリフを思い出す。

 デリケートな内容で、人間の残酷さだけでなく、
 やさしい温かさを描くイ・チャンドン監督の思いをしっかりと受け止めて、
 全身で喜怒哀楽を表現し、カンヌ国際映画祭で主演女優賞を獲得したという
 チャン・ドヨンの素晴らしい演技に圧倒され、
 抑えた演技で見守ってくれるソン・ガンホに惚れる。

いきいき
いきいきさん / 2008年7月17日 / から投稿
  • 評価: 4.5
  • 印象:  泣ける 悲しい 幸せ
  • 鑑賞方法:-
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