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自分の肉体の中に閉じ込められてしまった主人公に、何人かの登場人物たちが言う。
「自分の経験は一種のロックトインだ」
確かに、私たちはみんな程度の差こそ大きいけれど必ず孤独の中にいる。
そして、そんな中にこそ私たちの想像力がはためく可能性があったりする。
だから実在の人物とはいえ、かなり想像しにくい主人公の状況は(想像しやすいように映像は補助してくれます)、実は人間の本質的な部分を表しているのかもしれない。
昨日観てたときはあんまり好みの映画じゃなかったなぁ・・・と思ってたけど、今日お風呂でふとそう思いついて、いい映画だな、と驚きました

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☆
もちろん応援することも、希望を感じさせることも大事だろうけど、
どんな過酷な状況に居ようとも「希望を捨てるな!」と声高に叫ばないで
“現実”を描いているところが素晴らしい。
左目の瞬きだけしか出来ない人間が、
知識と経験を総動員し想像力を発揮して、本を執筆する。
そんなこと僕には到底無理だろうし、出来ても陳腐な詩ぐらいが関の山。
そういう意味では、導入からすんなりと入っていける美しい描写で、
彼の経験を体験しているような錯覚に陥るようであるのに、
これは“持っている者”のお話だと言い聞かせて観てもいる。
そして、忘れてならないのが、
ジャン=ドミニクはELLEの編集長だったということ。
凡人どころか、才能溢れる人物であり、
そこに到るには相当な努力もあったであろうし、
その結果として人生を謳歌していた人物であり、
全ての人がこの作品の主人公のように医師や理学療法士、
言語療法士から受けているような
好待遇を得られるわけじゃないでしょう。
それなりの“モノ”を持っていたと思うのが当然で、
セリーヌや子供たち、友人たちに愛情が全くないとは思わないが、
父親や恋人のイネスが取った行動の方に強い愛情を感じてしまう。
ジャン=ドミニク自身にもそれはよく分かっていたのだろう。
だからこそ、重たい潜水服に身を包み
海の底に沈んでいくような感覚にもなるし、
それでも目の前の献身的な人々を見て、そんな中にいたくはないと、
蝶のように想像の翼を羽ばたかせ、
世界を旅する気持ちにもなるのだろう。
実話を美化することなく、
丁寧に彼が見たであろう光景を繊細に再現しようとする映像も、
想像したであろう世界を幻想的に描いた映像にも惹き付けられ、
男の“欲”を排除しない視線の動きにも、
ユーモアや毒を吐くことを忘れないモノローグにも、大いに共感し、
それでも最大限の敬意が感じられる作品で、肉体的にというだけでなく、
似たような状況に遭遇したその時に、
思い出したい、ヒントにしたい作品。

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左目だけで言葉を伝達し、本を出したとことは衝撃的な内容ですが、映画として観たときにその苦悩っぷりが全面にでているので、途中からその設定にたいしての飽きを感じてしまいました。
これは実話です。本当にあった話です。といわれるとなんだか「すごいなー」という気分になりますが、最近の映画は必要以上にそれを押し付けられている気がします。実話だからプラス何点みたいにしてしまっている自分がやるせなくなります。
それから印象的だったのはE.S.A.・・・という言葉で、途中から呪いの呪文のように聞こえ始めて少しぞっとしました。
また、エンドロールの氷山?が落ちる映像の逆回しは、再生をうまく表現していて、なんだか妙にぐっときました。

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オスカーノミネートのフランス人ジュリアン・シュナーベルが監督する映画" Le Scaphandre et le Papillon"="The Diving Bell and the Butterfly"=「潜水服は蝶の夢を見る」。
実在する主人公が書いた手記をもとに映画化されたものです。脳梗塞で左目以外動かせなくなった主人公の視点から見たものなのですが、この演出が素晴らしかったです。
映画の中の主人公の周りの人にとっては、コミュニケートが極めて難しい患者として写るのですが、彼の心の声を観客は聞くことができるため、観客にとっては広い表現力を持ったユーモアのある人物として映ります。
邦題にも仏題、英語題にもあるように潜水服の中に主人公とともに観客は閉じ込められます。潜水服の中から主人公と一緒に外界を観察しているような感覚に陥るこの映画、やっぱり監督の力量なんでしょうが、最初から最後までぐいぐい映画に引き込まれ、あっという間にラストシーンです。フランス映画には珍しく(?)心地よいカタルシスも得られます。監督賞ノミネートも当然?
おすすめです。

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脳梗塞で左目以外動かなくなった雑誌編集長が、左目の瞬きだけを使って言語療法士と二人三脚で一冊の本を完成させるまでの実話の映画化。
この手の作品は、どうしても障害のある主人公の演技に目が行きがちで、そこにはどこか見世物的な趣があるように感じ、どちらかというと敬遠していました。ダニエル・デイ・ルイスも、ロビン・ウィリアムスも、ダスティン・ホフマンも、そしてロバート・デ・ニーローもみなさん障害者をがんばって演じてたけど、がんばればがんばるほど偽善ぽくってしらけちゃうんですね。
でも、この作品はしょっぱなから演出の仕方に工夫があります。ああやられると見世物的な感覚は緩和され、主人公の心情にすっと入っていけます。ストーリー展開はいたってオーソドックスですが、視点の設定が斬新なので退屈になりません。無理やり泣かせようとするのでなく、淡々と展開していく演出が、逆に涙を誘うこともしばしば。マチュー・アマルリックでしたっけ、主人公演じたフランス人俳優の人。とてもいい存在感ですね。
フランス映画観ると、いつも人間のリアリティを教わります。

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かつてここまで忠実に主観的な映像を再現したのは見たことがない。
アカデミー撮影賞が撮れなかったのが不思議なくらいだ。
映画は8割くらい主人公の目線で描かれる。その映像がとてもユニークで、ピンボケだったり、話し手の顔が見えなかったり、関係ないところを向いていたりする。これほど主人公と一体になれる映画は珍しい。自分の意思が伝わらないことのもどかしさ、手足の自由がきかないことへのイラつきが嫌というほど伝わってくる。
そんな苦しい状況だが、主人公は「想像」することで自由な身体を得て、何処へでもいけるのだ。この辺りの映像が、映画全体の息苦しさを緩和させる。
登場する女性はみな魅力的に描かれている。主人公は言葉には出さないものの、次第に感謝の気持ちや愛情が芽生えていると感じられる。
感動を押し付けるような映画ではなく、人間の温かみをしんみりと伝える秀作。
ただ、映像を楽しむにはある程度のスキルが必要かもしれない。

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ロックトインシンドローム患者が瞬きで自伝を綴ったという事実には驚嘆するが、それを映像化して面白いかといえば、必ずしもそうではないし、その手法には大いなる工夫と困難がつきまとう。だが、この作品はそうした難問を、前宣伝ほどには克服できていない。それどころか、作品として哀しいくらい見事につまらない。
同患者にかろうじて残されたものは左目の自由の他に二つ。「記憶」と「想像力」。その貴重な「想像力」が貧弱で陳腐ときては誰も面白がれないし、楽しめないし、安手の涙さえ流せない。患者の「想像力」は大空を自在に羽ばたく「蝶」になれず、さなぎのまま朽ち果てている。一つ言えば、言語療養士の唇が何度も何度も繰り返す「E.S.A.R.I.N・・・」というアルファベッド、意味を持たぬはずのアルファベッドの文字がある様式美やリズムを伴ってしだいに耳に快く響いてくるのは意外であった。意味は不明だが、俳句か短歌のような定型詩を聞かされているような不思議な錯覚と陶酔にとらわれた。だが、だからといって、これはこの映画の評価を上げるものでは決してない。