劇場公開日 2008年3月15日

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ノーカントリー : 映画評論・批評

2008年3月11日更新

2008年3月15日よりシャンテシネほかにてロードショー

眼を凝らせ、耳をそばだてよ。コーエン兄弟の神技が観客に迫る

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荒野に虚無や寂寥を見る映画は、掃いて捨てるほどある。荒野に抒情を求めた映画も数多い。が、荒野と錬金術を結合させようとした映画が、かつてあったろうか。「ノーカントリー」のコーエン兄弟は、そんな難関に挑んでいる。舞台は1980年の西テキサス。主な登場人物は3人。麻薬がらみの200万ドルを持ち逃げした男。金を取り戻そうとする殺人者。殺人者を追う保安官。

単純な構図に見えるが、いわゆるキャット&マウス・ムービーの印象はすぐに蒸発する。殺人者の存在があまりにも危険で、理不尽なまでに邪悪だからだ。最悪の髪型をしたこの男は、高圧ボンベ付きの家畜用スタンガンで、鍵穴も人間の額も同じように撃ち抜く。快楽や苦悩は介在しない。恐ろしい存在だ。おかしい存在だ。まるで死神や運命の化身を思わせるが、話をそこに落とすのは退屈だ。殺人者は地上を離れず、逃亡者を追い詰めていく。

その過程で、コーエン兄弟は考えつく限りの映像技巧を動員する。荒野の空白と狭い室内の窒息感を対比させるだけではない。光と音を、というより影と沈黙を最大限に活用し、観客の全神経を画面に集中させる。眼を凝らせ、耳をそばだてよ、と観客に迫る。照明も編集も異様なまでに細密で、なおかつ精緻な幾何学を超えて氾濫する魔力がある。なにかが起こることはわかっていても、なにが起こるのかはわからない。これはやはり、神技に近い錬金術だ。

芝山幹郎

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