祖国大戦争
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解説

ソ連邦国防省出版による「大祖国戦争」をテキストとしてローマン・カルメンが脚本を執筆、第二次大戦中のソ連のあらゆる報導カメラマン、記録映画カメラマンが撮ったものをローマン・カルメン、イー・ウェンシェル、イー・セトキナの三人で監督し編集したソビエトの戦争記録映画の決定版といっていいであろう。なお、ナチスや日本のカメラマンが撮影したフィルム等も挿入されている。

ストーリー

世界史上最大の戦争であった第二次大戦はアドルフ・ヒトラーの世界征覇の夢から起ったが、彼の東方政策の犠牲となって莫大な損害を蒙ったのは、一九一七年の十月革命以来二四年を経て漸く社会主義建設の基礎を固めたソ連邦であった。スラブ人を奴隷化することに全力を注いだヒトラーのナチ・ドイツ軍に対し、挙国一致して防衛に当り、ついに徹底的な反撃を加えてナチを潰滅させたこの戦争をソビエトの人々は、大祖国戦争と呼んでいる。スモレンスクの戦闘 独ソ不可侵条約にも拘らず、一九四一年六月二十二日ヒトラーは、東プロシャ、ポーランド、チェコ、ルーマニアの国境を突破しソ連へ侵入。しかしソ連軍は新兵器「カチューシャ」と称するロケット砲で応戦、ヒトラーの出鼻をくじいた。しかしその後長期戦となりついにスモレンスクは陥落、ドイツ軍はモスクワまで七〇キロの地点に達した。同年十月の末のできごとであった。レニングラード戦線 一九四二年この戦闘はソ連にとっては最も苦しい戦いの一つだった。孤立したレニングラードでは市民も兵士も飢餓に苦しめられ、九百日にわたる包囲により市民六十五万人の生命が失われた。しかしレニングラードは屈しなかった。一九四四年を迎え、増強されたソ連軍は大兵力を以って反撃を開始し、ドイツ軍の包囲は破られた。スターリングラードの戦闘 前半は市街戦の典型といわれ、後半のドイツ軍分断包囲作戦は、歴史に残る天才的な戦術と称せられた。一九四一年七月に戦闘が開始され、翌年二月、降服よりも死を選んだドイツ軍が百五十万の死傷者を出してけりがついた。ノルマンディ上陸作戦 一九四四年六月六日、英米連合のこの作戦はパリを解放した。冬に入りドイツ軍は最後の大反撃「バルジ」作戦を敢行し連合軍は危機を迎えた。しかし東部戦線で急追するソ連軍のためドイツは両面攻撃にあうことになり、連合軍の危機が去った。ベルリン陥落 一九四五年四月中旬からベルリン作戦が開始され、エルべ河の岸でソ連軍とアメリカ軍の劇的な握手があった。そして五月一日遂にベルリンの国会議事堂に赤旗が翻った。...

作品データ

原題 Der Grosse Vaterlandische
製作年 1965年
製作国 ソ連

提供:株式会社キネマ旬報社

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