シュワルツェネッガー ラスト・アクション・ヒーローのレビュー・感想・評価
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昔の映画だけど覚えてる
映画の中に入っていけるストーリーです。
映画の中ではシュワちゃんはは無敵のヒーローです。
現実世界だと致命傷でも翌日には全快してます。車の窓も簡単に粉々になるけど現実では手が痛くなります。
そこをコミカルにまとめられています。
楽しい映画
シュワルツェネッガー主演のアクション映画
いろいろな映画の登場人物が出てくる。
映画好きの少年が映画の世界に入る。
主人公と行動しながら成長するか?よくある成長譚
かと思ったが、成長してないな。
最後は死神にヒントを与えられて、やっとのことで
スレーターを助ける。
助けた後もスレーターに説得されて現実世界に戻る。
この辺りは、もう少し工夫があっても面白いのに。
ただ屋上のアクションシーンで、ベネディクトがもう
一度半券を使おうとして使えなかったのに、その後、
死神がスクリーンから出てくるのはなぜ?このヒラヒラ
落ちてきた半券はこの後はどうなったの?ゴミ箱行き?
え〜めっちゃいい題材じゃん これをブルースウィルスver.とジェイ...
え〜めっちゃいい題材じゃん
これをブルースウィルスver.とジェイソンステイサムver.
トムクルーズver.で見たい
どの俳優でやってもオモロいやん
原案の人がアベンジャーズの原案もしてるって見て
才能に驚愕してる
シュワちゃんにピッタリ
大昔に映画館で鑑賞。
シュワちゃん好きなのでウキウキと観に行きました。思ったより面白くて、題名の通り、アクション満載でコメディ?パロディ?盛りで楽しめました。
ハードロック系の音楽もノリノリです。HR好きな人は是非!
存外いいじゃない
どうせ筋肉系ドタバタアクションかと思ったら。意外にコメディ的であり、なにより昔の名作のパロディがドヤドヤ出てきてなかなか楽しいです。
アイデアもありそうで意外になかった設定で、二つの世界の行ったり来たりも要領よくまとめてましたね。さすがダイハードの職人芸でした。
錯綜する映画と現実
アーノルドシュワルツェネッガー扮するジャックスレイターの新作映画が出るところだった。オースティンオブライエン扮するジャックスレイターファンの小学生ダニーマディガンは、映画を観ている間にいつの間にか映画の中に入り込んでいた。アーノルドシュワルツェネッガーが若いね。思いっきり暴れていたよ。映画に入り込んだだけでなく、映画と現実と錯綜したりしてまあ楽しいおとぎ話だね。
ファースト&ベスト・アクション・ヒーロー!!
興行実績ではコケてしまったみたいだけど、自分としては特別な思い入れがある映画。
この映画を小学生の頃に両親に連れて観てから、シュワルツェネッガーに惚れ、映画に惚れた。
ここから自分の映画ファン人生が始まったといってもいい。
こんなにも映画とシュワルツェネッガーに愛を表現した映画はないんじゃないかな。
まさに自分としては人生最高の映画と言える。
そして今観てもめちゃくちゃ面白い!!
映画と現実の世界でパラレルワールドを創る発想と、現実の世界のドラマ性を見事に訴えていて、アクションも最高!!
この映画は自分にとっては
ファースト&ベスト・アクション・ヒーロー!!
映画を殺さないで
映画少年のダニーはひょんなことから自分の大好きな映画シリーズの最新作『ジャック・スレイター4』の中に入り込んでしまう。
映画の中でシュワルツェネッガー演じるジャック刑事と邂逅を果たしたダニーは、この先襲いかかってくるであろう脅威について彼に忠告を与えるが、ジャック刑事はダニーの言葉に耳を貸そうとしない。
それもそのはずだ。ダニーは「映画だとこの後〜」とか「第2作目だと確か〜」といった具合に、映画の外側の視点からものを言っている。そこに悪意はなくとも、ここでダニーがジャック刑事の人生を、リアルに従属する形で存在するフィクションと規定していることは明白だ。
けれども映画の内側の存在であるジャック刑事にとっては『ジャック・スレイター』の物語こそが唯一無二のリアリティに他ならない。したがってそれを「これは映画だ!」などとしきりに指摘してくるダニーのことを快く思わないのもむろん当然のことだ。
しかし物語の後半、ジャックはダニーの言葉を信じざるを得ない窮地に追いやられる。悪党を追っていた2人は悪党の家の壁に不思議な裂け目があるのを発見し、そこに飛び込む。2人を待ち受けていたのは現実の世界だった。
ジャックは自分を演じているアーノルド・シュワルツェネッガーの映画ポスターを見て、いよいよ自分の存在がフィクションの中の虚像であることを理解する。このあたりはウディ・アレン『カイロの紫のバラ』を彷彿とさせる。しかしそれでも彼は悪党を倒すという当初の目的を果たそうと奮起する。それこそが「映画の中のヒーロー」である彼の存在意義なのだから。
そのころ悪党は現実とフィクションを自由に往還する術を身につけてしまっており、『ジャック・スレイター3』に登場する切り裂き魔・リッパーを現実世界に召喚していた。
リッパーは『ジャック・スレイター3』でジャックの子供を人質に取り、小学校に立て篭もった。ジャックは単身で小学校に乗り込み、攻防の末にリッパーを銃弾で倒すが、彼は最後の悪あがきとしてジャックの子供を道連れにした。
再び蘇ったリッパーと対峙するジャック。しかしリッパーはダニーを人質に取っていた。「まるであの日のようだな」とリッパーは下衆な笑みを浮かべる。
リッパーは「あの日」の二の舞にならないよう、人質のダニーをビルの下に投げ捨てる。怒ったジャックはリッパーを再び倒す。しかしビルの下から「ジャック!」と叫ぶ声が。ダニーは生きていた。
ビルに引っかかったジャックを助けようとしながら、ジャックは天に向かって思い切り叫ぶ。
「神様!ダニーを殺さないで!」
これは映画の外側の存在、つまり我々に対する痛切な哀願だ。
映画内存在であるジャックは常に、我々の欲望に沿って悪党を懲らしめてきた。我々の欲望に沿ってピンチに陥ってきた。我々の欲望に沿って最後まで生き延びてきた。
さて、それでは『ジャック・スレイター3』で彼の子供を殺したのは誰か?切り裂き魔のリッパー?それとも運命のいたずら?
いや違う。我々だ。我々の欲望が彼から子供を奪い去ったのだ。
映画を見るという行為は受動的なものではない。我々の感性の総体が世論を生み出し、それによってフィクションの歩むべき物語の進路に分岐が生まれたり消えたりする。
「彼の子供が死ぬ」という悲劇によって感傷やカタルシスを得たのは我々だ。そのためだけに彼の子供は死んだ。殺された。それならば一番の悪党は我々ではないか。
「見る」という動詞の受動的な属性は、時として我々「映画を見る者」からフィクションに対する責任意識を消し去ってしまう。あるいはフィクションを単に現実という本流に従属する傍流であるという軽率な認識を強化してしまう。
ダニーだってもともとその一人だ。彼がジャックの生きる「現実」を残酷にも「それは映画だ」と言い切ったのも、フィクションが常に現実によって形成される副次的なものであると彼が思っていたからだろう。
しかし「フィクションは現実に包摂される」という認識は、フィクションそのものを安易な人形遊びへと貶めかねない。
フィクションの全てが現実の欲望に向けて捏ね上げられ、書き加えられ、削り取られるとするならば、そこにはもはや生き生きとした生の躍動といったものは存在せず、単なる快楽物質としてのカタルシスがオブジェクト的に散在するばかりだろう。それはまさにフィクションの死だ。
もしあなたがフィクションによって現実が1ミリたりとも動かされたことはない、と断言できる人間であるならば、彼の哀願に耳を傾ける必要はない。フィクションなしで生きていくことのできる人間だってもちろんいる。
しかしほんの少しでも、フィクションによって、映画によって救われたり突き落とされたりしたことがあるならば、彼の言葉の意味をもっと深く考えるべきだ。
別に大きな転換がなくたっていい。たとえば『アニー・ホール』を見てラルフ・ローレンのシャツを買ったとか、『仁義なき戦い』を見てちょっとだけ広島弁に興味を持っただとか、そういう些細なことでもいい。一度でもそんな経験があるならば、彼の言葉にもう一度よく耳を傾けてほしい。
「神様!ダニーを殺さないで!」
映画の中の爆弾や悪党や切り裂き魔が現実に出てくることは、現実的に考えれば決してあり得ない。たとえ4D映画でも観客が本当に死ぬことはない。
しかしひょっとしたらそんなことが起きるかもしれない、と常に想像力をはたらかせることが重要なのだ。そしてそうすることによってのみ、フィクションはこの先も生き長らえていくことができるはずだ。
〜以下余談〜
モノクロのハンフリー・ボガートが合成で出てきたシーンを見て山田洋次『虹をつかむ男』のラストシーンを思い出した。『虹をつかむ男』も「映画にまつわる映画」だったから、たぶん本作のオマージュなのかなと思った。
膨大な引用数を誇るスピルバーグ『レディー・プレイヤー1』の中には本作も登場するが、オマージュ映画のバトンタッチを目撃したようで感慨深かった。タランティーノみたいなスノッブでハイブロウな引用も好きだけど、こういうただひたすら映画が好きな人によるストレートな引用の嵐も気持ちがいい。
ロバート・パトリック、ジャン=クロード・ヴァン・ダム、ラリー・フ...
ロバート・パトリック、ジャン=クロード・ヴァン・ダム、ラリー・ファーガソン、シャロン・ストーンなどなどのカメオ出演。もう、どこからどこまでがパロディでどこがオリジナルなのか判りません(笑)
TVで何度もやってるのに、やると必ず見てしまうという不思議な映画だ。スタローンの『ターミネーター2』のポスター、アーノルド・ブラウン・シュワイガー、最後は映画タイトルの羅列状態だ。
と、これを書いてからは映画鑑賞も増えているのでもう一度確認したくなってきた!
映画の世界と現実世界で大暴れ!
『ラスト・アクション・ヒーロー』鑑賞。
*主演*
アーノルド・シュワルツェネッガー
*感想*
だいぶ前にzipの風間さんが紹介してくれた作品。内容が物凄く気になったので鑑賞しました。
映画好きの少年が魔法のチケットを手に入れて、映画の世界に入ってアクションヒーローと共に大活躍する話です。
映画の小ネタが散りばめられていて、特に印象的だったのが、やはりターミネーター。なんで「あの人」が代役になってるの!?ww
映画の世界と現実の世界を行き来してるのも面白いし、シュワちゃん本人が出演してたし、色んなスターが出てた!
映画のキャラクターが現実世界に飛び出してくるのは夢ですね~(^^)
面白かったけど、現実のシュワちゃんをもっと活躍している所が見たかったかな~
夢のある映画
気軽に楽しみたい映画です。
映画の中の世界に入り込むなんて夢のあるストーリーですね。
この映画の世界ではターミネーターを演じたのがシルベスター・スターローンで、街には美人しかいないというのに笑ってしまいました。
異色のアクション映画
映画好きの子供がアクション映画の中に入ってしまう異色の作品
子供だから殺されない。美人しかいない。おばちゃんがいない。
と、映画お決まりの展開に突っ込みを入れる主人公の子供が面白かったけれど、中盤、悪役との戦い~ラスト・・・スレイターを助けるため奔走する姿が良かった。
コメディタッチが強い作品だけれど「現実世界」を生きる人々に対するメッセージがあって熱い映画だなと感じました。
映画少年の夢
中学の時このポスターの下敷きを持ってる友だちがいて
とても羨ましかった事を思い出した。
初めて観たのはいつだったか、
10代前半だった事は間違いないけど、
あの時のワクワクを忘れられず、
子どもが夏休みになって、子どもと観る映画はなんだろう?
と思った時まず初めに頭に浮かんだ。
アクション映画あるあるてんこもりで僕はワクワクした
けど、CG映画になれた子どもたちには
そこまで響いてなかったのが残念。
ターミネーターのオマージュ。
派手な爆破シーン。
大袈裟な登場シーン。
簡単にガラスは割れて、主人公に弾は当たらない。
前半のあるあるが後半のフリになっていて、
現実ではそう上手くいかないのがまた面白い。
まぁ、思い出は美しくめちゃくちゃ面白かった。
と思っていたので、正直こんなだっけ?と言う事もあり、
特に現実に来た時もシュワちゃんがある程度無敵だった
ので、フリが思ったより効いてないなと思ってしまった。
あそこは、さすがシュワちゃん!現実でも超人的!
と思うのが正しいのかな?
とにかく映画好き少年の夢のような映画なので、
童心に返ってワクワクする事間違いなし!
BS朝日吹替版鑑賞。 シュワちゃん好きの少年がシュワちゃん映画の世...
BS朝日吹替版鑑賞。
シュワちゃん好きの少年がシュワちゃん映画の世界に入り込む。面白い設定だ。ズバズバと映画世界の内容を言い当てる少年。前半はワクワクした。しかし、アニメの同僚、ETパロディあたりからおかしくなり始める。やりすぎだ。そしてちと、長い。
誰もが楽しめる作品にしたかったようだが、それよりアクションでバンバン攻めて欲しかった。コメディとしては中途半端だ。小ネタはいいが、マニアックでよくわからないものも多い。
ところであの死神は今も現実の世界なのか(笑)
古き良き時代感たっぷり
映画ファンの少年が映画の世界に入って一緒に事件に立ち向かうストーリー。
シュワちゃんファンには楽しい映画かも。
私はファンではないけれど、なんか古臭い演出が妙に楽しめましたw
■1993年公開ですが、この映画の時代感は80年代っぽい印象ですね。
自転車のハンドルにポンポンのふさふさ付けてるのとか妙にウケましたw
■シュワちゃんだったから最後見れたけど・・
他の役者さんだったら、果たして最後まで見れただろうか・・・
駄作だとは思うんですよw
でも子供の頃に観てたら最高に面白かったんだと思う。
要するに子供向けって事ですゎw
所々に笑いの要素も入れてるし、発想も悪くないんですけどね。
夢があるファンタジーアクション映画なんだけどなぁ~
だけども・・つまらない(;´∀`)
シュワちゃんファンにはお勧めw
今の時代には合ってないかも
年末深夜にテレビ放送していた。
20年近く前の作品なので仕方ないのかもしれないが、見ていて恥ずかしいほどクサい台詞、読める展開、不自然な爆発、あからさまなCG。
ただ、映画の展開を皮肉ったものや、ヒットした映画を絡めながらのストーリーはおもしろい。
公開当時なら楽しめたのかもしれない。
不思議な魅力が詰まった作品
何せ、本人と本人が演じてる役が交錯すると自嘲気味のセリフが飛び出すと言うセルフパロディがそこかしこで炸裂する。
観ている観客が言いそうな事がまともに飛び出すのは笑ってしまう。
そりゃそうだ、1980~90年代のアクション映画はあんな作品が山ほどあった。
主人公の補正やご都合主義など、ほんとうに頭空っぽにして観るのが礼儀だった。
古き良きアクションの嗜み方を主人公の少年が示してくれる。
このオーバーアクション(笑)
特に意味のないかっこいいだけのセリフ(笑)
それで良いんだ。
これはシュワルツェネッガー主演作品なのだから…。
公開当時はシュワルツェネッガー観に行って、注文通り、期待通りのシュワルツェネッガーを観られて満足したものだったが、久々に地上波で放送してて見たら懐かしかった。
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