劇場公開日 1995年10月28日

「性悪と罵られても守りたいものがある」黙秘 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0性悪と罵られても守りたいものがある

2013年9月7日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

泣ける

悲しい

幸せ

久々に、勝手にスティーヴン・キング特集その13!
今回はサスペンススリラーの佳作『黙秘』を紹介。
原作となった中篇『ドロレス・クレイボーン』だが、実は
個人的にキングの著作中でも最も好きな作品のひとつ。

舞台はメイン州の小島リトルトールアイランド。
寂れた田舎街で起こった1件の老婆殺し。
容疑者となった女ドロレス・クレイボーンは、
20年前にも夫殺しの容疑を掛けられ、
証拠不十分で無罪となった女だった。
故郷を離れて記者として働くドロレスの
娘セリーナは、事件の知らせを聞いて帰郷。
事件の真相が少しずつ明らかになるにつれ、
セリーナは父親の死に係わる忌まわしい事実、
そして父の事件以来ずっと距離を置いてきた、
母親の心の内を知る事となる。

...

『ミザリー』のレビューでも触れたが、キングは
最初から本作の主演キャシー・ベイツをドロレス役
にとイメージして原作を執筆したそうな。実際、
彼女以外この役は出来ないと思えるほどのハマり役だ。
どんな相手にも辛辣な皮肉を浴びせる粗暴な女。
そこに見え隠れする人間としての確固たる“芯”。その一方、
娘に向ける複雑な表情からは彼女の脆さが垣間見えて見事。
セリーナを演じたジェニファー・ジェイソン・リー
も素晴らしい。彼女の神経質な存在感は、
セリーナ役に完璧なまでにハマっている。

主演以外のキャストもかなりの実力派揃いだし、
物語で重要な役割を果たす老婦人ヴェラも忘れ難い。
暗がりの窓辺に腰を降ろし、ドロレスに淡々と
語り掛けるシーンを覚えておいでだろうか?
あの眼。鬼火のように静かにぎらつく、あの青白い両
眼。

...

しかし肝心の終盤、セリーナと捜査官の対決にて、
セリーナ側の反論がやや説得力に欠けるのは残念。
(物語上ああいう曖昧な決着に持ち込むしか無い訳ではある)
デヴィッド・ストラザーンを除いた
男性陣の存在感もチト弱いかな。

また原作との比較で言うと、
ドロレスの息子2人がそもそも登場しない点が残念。
老ヴェラを苛む『綿埃りぼうず』やその正体にまつわる
衝撃の事実について登場しない点も激しく残念。
物語のテーマにも絡む重要な部分だったと思うので。
しかしいずれの改変も、物語の“キモ”である母娘の
ドラマをきっちり映画の尺に納める為の措置だろう。

...

そういった諸々の不満はあるが、良い映画。
実は本作の監督テイラー・ハックフォードの他作品は
観た事がなかったが、時系列が複雑に入れ替わる物語を、
過去と現在をひとつのシーンに同居させる
語り口でなめらかに繋いでみせて見事。
母娘の距離感を表すような寒々した映像も良いし、
ガラス/鏡が割れる不穏なイメージも頭に残る。
(あれは記憶が崩壊していくイメージなのだろうか)

そして、劇中で繰り返される台詞。
「Sometimes being a bitch is
 the only thing a woman has to hold onto.」
(女が生きる事にすがりつくには、
 性悪になるしか無い時もあるのよ)

サスペンス映画としての手腕もさることながら、
この映画はあくまで因縁を抱えた母と娘のドラマとして、
そして虐げられ続けた女たちのドラマとしてブれない。
最後の母娘の姿には、じんわり温かい涙が浮かんだ。

母は強し。
と世間は言う。けれどそれは、
母親という存在が無条件に強いという事じゃない。
我が子を守る為に己が傷付く事を彼女らが恐れないからだ。
捨て身だからこそ彼女らは強いのだ。だが裏を返せば、
母として生きる以上は無傷では生きられないとも言える。

スティーヴン・キングはこの原作を母ネリーに捧げた。
彼女は突然蒸発した父親に代わり、安い給料の
仕事を朝から深夜までこなし、幼い息子2人と
年老いた両親の世話をしていたのだそうだ。
彼女はスティーヴンが27歳の時に他界。
スティーヴンの初のベストセラー『キャリー』が
出版される、わずか2ヶ月前の出来事だった。

劇中のドロレスは逆境に耐え続ける。
泥臭く、口汚く、だが敢然と、苦境に立ち向かい続ける。
娘の為に強く強く生きようとするドロレスの姿は、
キング自身の母親の面影を残しているのだろうか。
どちらにせよ、ドロレスの姿を見て思うのはひとつだ。

子を想う母親ほどに、強く気高い者なんていない。

<了> ※2013.09初投稿
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余談:
投稿当時は気付いていなかったのだが、
キングの自伝的作品『小説作法』を新訳版
『書くことについて』として読み直した際に
気付いたことがあるので補足しておきたい。

『キャリー』のペーパーバック権が40万ドルで
売れたとの電話を受け、スティーヴン・キングが
思わず自宅の床に座り込んだのが1973年5月
(当時の彼は家族4人で家賃月90ドルの安アパートに住み、
 年棒6400ドルの教師職をしつつ執筆を続けていた)。
スティーヴンの母ネリーが亡くなったのは1974年2月。
彼女は亡くなる前に息子の成功を知っていたことになる。

また、『キャリー』出版は確かに彼女が亡くなる
2ヶ月後の1974年4月だが――亡くなる間際の
彼女のベッド傍には、親戚が彼女に読み聞かせた
『キャリー』の校正刷りが置かれていたそうだ。

浮遊きびなご