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解説

ハリウッド草創期のわずか5年というスター生活で14本の作品を残し、1926年8月に31歳で倒れた大スター、バレンチノの伝記映画。製作はアーウィン・ウィンクラーとロバート・チャートフ、監督は「TOMMY・トミー」のケン・ラッセル、脚本はケン・ラッセルとマルディク・マーティン、撮影はピーター・サシツキー、音楽はファーディ・グロフェとスタンリー・ブラック、演奏はS・ブラック指揮ナショナル・フィルハーモニック・オーケストラ、美術はフィリップ・ハニソン、衣裳はシャーリー・ラッセル、編集はスチュアート・ベアード、振付はジリアン・グレゴリーが各々担当。出演はルドルフ・ヌレエフ、レスリー・キャロン、ミシェル・フィリップス、キャロル・ケイン、フェリシティ・ケンドール、シーモア・カッセル、ピーター・ヴォーン、ハンツ・ホール、ディビッド・デ・キーザー、アルフレッド・マークス、アントン・ディフリング、ジェニー・リンデン、アンソニー・ダウエルなど。

ストーリー

1926年8月23日。その日、31歳で早逝した銀幕の恋人ルドルフ・バレンチノ(ルドルフ・ヌレエフ)の死を悼む何万もの人々が葬儀社に押しかけた--。弔問客は、パラマウント、ユナイト、MGMなどの社長、そしてバレンチノのマネージャーのウルマン(シーモア・カッセル)達だった--。1917年、バレンチノは、ダンスホール『マキシム』のタクシー・ダンサーとして生計を立てており、時として有名なダンサーのニジンスキー(アンソニー・ダウエル)にタンゴを教える程である。そんな彼にこのホールの女支配人や、人妻が注目していた。そして翌年、バレンチノは、ハリウッドで踊っており、ある日店にいた新人女(キャロル・ケイン)と踊ったことが、女流ライターのマチス(フェリシティ・ケンドール)の目にとまる。1921年、数本の端役を経験したバレンチノは、マチスの推せんで、「黙示録の四騎士」に主演し、ロシア生まれの大女優ナジモバ(レスリー・キャロン)と出逢い、彼女の次作「椿姫」に彼も出演が決まる。そしてこの作品には、ナジモバの親友の美術係の美女ナターシャ(ミシェル・フィリップス)や、マチスも参加した。そして、やがてバレンチノとナターシャは愛し合うようになり、翌年、彼は前妻と別れ、ナターシャと結婚の約束を交わす。さらに翌年「血と砂」完成後、2人はメキシコで結婚。しかし、2人は重婚罪で収監されてしまった。そのうちパラマウント社長のラスキー(ハンツ・ホール)が、バレンチノに新作をオファーしてきたが、ナターシャが夫の仕事にまで口を出すのに至り、ラスキーも怒って、バレンチノに2年間の映画出演不可の制裁を課した。ある日、失業して借金にこまる2人は、セールスマンのウルマンの訪問を受ける。ウルマンは、自分の化粧品販売に、バレンチノの名を使いたいと申し出た。2人は承諾し、これは大成功を納め、バレンチノとナターシャ、それにマネージャーとしてのウルマンは映画界に戻る。1924年「ムッシュ・ボウケール」の撮影中、またもやナターシャが口を出し、以後、バレンチノの作品に関与することが出来なくなった彼女は、やがてバレンチノから去っていった。1926年、「熱砂の舞」に主演するにおよび、バレンチノの人気は沸とうする。だが、ニューヨークのある新聞が、彼の『男性度』に疑問を投げかけ、ショックをうけたバレンチノは、そのコラムニストに拳闘の挑戦状をたたきつけた。それを聞いたウルマンとマチスは、彼をとめる。急激な腹痛を感じた彼だが、試合には勝利をおさめる。そして、今度は、新聞社のロリー(ピーター・ヴォーン)が飲酒競技をもちかける。それにも勝ち、『男らしさ』を証明して満足感にひたる泥酔のバレンチノがホテルに戻った時、急に腹部に致命的な激痛が走った。薄れゆく意識の中で、彼は必死でオレンジを掴もうとする--。こうして一代の二枚目は忽然とこの世を去っていった。...

作品データ

原題 Nureyev is Valentino
製作年 1977年
製作国 アメリカ
配給 ユナイト映画

提供:株式会社キネマ旬報社

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