劇場公開日 1987年11月21日

盗馬賊のレビュー・感想・評価

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3.0忘れられた第五世代の名手

2024年1月3日
iPhoneアプリから投稿

チェン・カイコー、チャン・イーモウと共に北京電影学院を卒業した中国第五世代の代表的映画監督でありながら先述の2人に比べると日本での知名度がまったくといっていいほどないティエン・チュアンチュアンの代表作。

貧しいチベット族の男が馬を盗んで一族を追われるという悲壮なストーリーラインこそあるものの、カメラは常に彼らの背景を成すチベットの大自然と、そこで営まれる山岳居住者たちの特異な生活に目を向け続ける。

そういう意味ではチェン・カイコーの長編デビュー作『黄色い大地』と似ているのだが、『黄色い大地』はそこに技巧的な企みや中国政治との距離感のようなメタ的な要素が入り組んでいた一方で、本作はただひたすら眼前に広がる風景を映し取ることに心血を注ぐ。そのため画面は必然的にロングショットの長回しが多く、またドラマチックな展開も少ない。

ティエン・チュアンチュアンは本作のこうした側面について「私は次の世紀の人々のために本作を撮った(つまりお前ら観客のためではない)」といった挑発的な回答をしている。もはや映画というよりはある時空の一部分を切り取り、密封した映画版ゴールデンレコードだ。

ただまあ映画として臨んだ以上は映画としての感想を述べるのが筋というものなのでハッキリ言うが、そこまで面白くはない。確かにそこに映された山岳風景や伝統風習はパワフルで荘厳だが、それは映画のすごさというよりは被写体のすごさでしかない。

確か四方田犬彦が、この時代の中国映画が世界的にハネたのは、未開文化に対する先進諸国のオリエンタリズム的視線が過熱していたからだというようなことを言っていたが、本作もまた彼らの好奇心を大いに満たしたことは想像に難くない。

ただ、チェン・カイコーやチャン・イーモウには先進諸国のオリエンタリズム消費を逆手に取った戦略性があった一方で、ティエン・チュアンチュアンはそこまでの対外的な強度を持っていなかったのではないかと思う(それは彼がいかに真摯に、邪念なくチベット族の生活にコミットしていたかの証左でもあるのだが)。

事実、チェン・カイコーとチャン・イーモウが世界的な中国映画の名手として現在も名を馳せている一方で、ティエン・チュアンチュアンの存在は今やほとんど顧みられることがない。それは単に彼の特集が大々的に組まれていないことが原因なのか、あるいは外部からの無慈悲な消費に耐えられるだけの強度がなかったからなのか、その辺りはもう少し彼の作品を見ていかないとわからない。

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