死刑台のメロディ
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死刑台のメロディ

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解説

一九二〇年にアメリカで実際に起った、サッコとバンゼッティ事件の人種的・思想的偏見に満ちた裁判を忠実に映画化した作品。監督はジュリアーノ・モンタルド、脚本はモンタルドとファブリツィオ・オノフリ、撮影はシルヴァーノ・イッポリティ、音楽は「わが青春のフロレンス」のエンニオ・モリコーネが各々担当。テーマ曲の“サッコとバンゼッティのバラード”と“勝利の讃歌”を、ともにジョーン・バエズが歌っている。出演は「仁義」のジャン・マリア・ヴォロンテ、リカルド・クッチョーラ、シリル・キューサック、ロザンナ・フラテッロ、ジェフリー・キーン、ミロ・オシーなど。

ストーリー

「赤狩り」を、まぬがれたサッコとバンゼッティも一九二〇年五月五日、密告者の通報で、走る市電のなかで突然逮捕された。二人は、運悪くともに一発も射ったことのない護身用のピストルを携帯しており、警察は、二人がイタリア人だと知ると、そくざに逮捕した。しかも、署長の頭には四月十五日木曜日三時に南ブレントリー郡の製靴会社でおこった現金強盗殺人事件が閃いた。留置場にほうりこまれた二人は、翌日、さっそく事件の目撃者、証人たちのまえにひきだされ、さまざまなポーズをとることを強制された。こうして釈明する機会も与えられず、殺人犯人として起訴された。そしてまもなく裁判がはじまった。二人の弁護士ムア(M・オシー)の正当な諭旨にもかかわらず、次々と立つ証人たちの偽証によって、真実は次第に審理の外に押しのけられていった。検事側は被告の言葉の端々をあげつらいねじまげ、時として出る真実の証言は巧みにもみ消されていった。事件の実地検証。会社から現金トランクをもって出てきた会計係と守衛を、まちかまえていた黒背広の男二人が、ピストルで倒し、威嚇射撃をして、持っていたビュウックで逃走する。この時、「銃を射ったのとにている男を見かけた」と証言した老人は、休廷となって帰りかけると、突然、数人の人相の悪い男たちに取りかこまれ暴行された。銃器の鑑定、弾道テスト、証拠品調べ等々、検事カッツマン(C・クサック)は証人の盲点をついては切り返し、いたらぬ時には実力行使にも及んで証人の口を封じた。プロクタ大尉の銃器鑑定の結果がクロと出ると、さすがのムアもこのような非道に耐えきれず、叫ぶように、この裁判の不正を訴えた。その時カッツマンは興奮して本音を暴露してしまった。つまり、事件の真疑など問題ではなく、二人がイタリア人であり、民主主義について何も知らず、言葉もろくに知らない、自由社会にもっとも危険な野蛮人であるからという、この裁判の本質が人種蔑視に根ざしていることを吐露してしまった。しかし、弁護側がこれに気づいた時には、すでにこの裁判は、検事側の手におりていたのだ。判決の日はきた。陪審員たちは有罪と採決、二人は刑務所に連行された。こうしたなか、ムアは追及を再開、検察側の証人の多くが、前科者か警官の友人であったことを掴んだが、裁判所はこの証言取消しを却下した。厚い壁を感じたムアは去った。この裁判の不正に怒ったトムソン弁護士(W・ブリンチ)があとを受け、事件を洗ううちに、あるギャング団が浮び上がってきた。リーダー格ジョーは事件直前四月に保釈になっている。トムソンはジョーの公判記録を調べようとしたが、保管場所にはジョーに関するファイルだけが抜きとられ、また、弾丸も、サッコのコルト32から発射されたものとはいえない。スパニッシュ・スターでも射てるのだ。しかもジョー一味の一人がその銃を使っていた。ところがこの銃も、警察署の地下室から消えているのだ。そして弁護側の申したてはすべて却下された。トムソンはマサチューセッツ州フラー知事にもセイヤー判事(G・ケン)忌避を申したてたがこれも却下された。さらに盛り上った抗議デモ、減刑嘆願もむなしく、一九二七年八月二二日夜、サッコとバンゼッティは電気椅子に縛られた。...

作品データ

原題 Sacco and Vanzetti
製作年 1970年
製作国 イタリア
配給 日本ヘラルド映画

提供:株式会社キネマ旬報社

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