田舎の日曜日

劇場公開日:

解説

20世紀初頭のパリ郊外の秋を舞台に、老画家をめぐる日曜日の出来事を綴る。製作・監督・脚本は日本初登場のベルトラン・タヴェルニエ、共同脚本はコロ・タヴェルニエ、原作はピエール・ボスト、撮影はブルーノ・ド・ケイゼル、音楽はガブリエル・フォーレ、編集はアルマン・プセニーが担当。出演はルイ・デュクルー、サビーヌ・アゼマ、ミシェル・オーモンなど。

1984年製作/フランス
原題:Un Dimanche a la Campagne
配給:フランス映画社
劇場公開日:1985年11月2日

ストーリー

樹木美しいパリ郊外の田舎の秋。1912年のある日曜日の朝。画家ラドミラル氏(ルイ・デュクルー)は、パリから訪ねてくる息子のゴンザグ(ミシェル・オーモン)一家を駅に出迎える仕度をしている。ラドミラル氏の面倒を長年にわたってみている家政婦メルセデス(モニーク・ショメット)が今朝も台所の準備に余念がない。ラドミラル氏が門を出ると、白い服の少女ふたりが縄とびをしている。駅に向かったラドミラル氏は、道の途中でゴンザグ一家を迎えることになる。彼は70歳を越えた脚のおとろえをまざまざと感じるのだった。ゴンザグと嫁のマリー・テレーズ(ジュヌヴィエーヴ・ムニック)と、孫娘で体の弱いミレイユ(カティア・ボストリコフ)と孫息子たちリュシアン(クァンタン・オジエ)と、エミール(トマ・デュヴァル)らが訪れて、賑やかになったラドミラル氏の邸に、また一人めったに訪ねてこない娘イレーヌ(サビーヌ・アゼマ)がやって来た。それは、最新型4輪自動車ドラージュを運転して愛犬キャビアとともに、みんなが昼食を食べて午睡に入った時だった。パリでファッション・ブティックをオープンしたばかりで若々しく美しい彼女は、久しぶりに実家に帰りリラックスするが、彼女は恋に悩んでいる様子だ。恋人からかかってくる筈の電話を待っているのだ。今はいない母(クロード・ヴァンテール)のイメージが現われてイレーヌに言う。“人生にどこまで望めば気がすむの”。ミレイユが木に登って降りれなくなるという騒ぎが起こる。なんとか救い出されるが、今度は、パリからかかる筈の電話がかかってこないのに苛立ったイレーヌがパリに発つと言い出す。娘をなだめて、自分のアトリエに招いたラドミラール氏。彼は、数年前までは風景画を描いていたが、最近はアトリエの中の椅子等のオブジェを描くように変わっており、そこに父の絵に対する苦悩を見るイレーヌ。屋根裏部屋に行った彼女は、そこで美しいレースのショールをたくさん見つけるが、その奥に情熱的な画を発見し感動する。イレーヌに誘われてドライブに出たラドミラル氏は、森の中のレストランで妻の想い出をしみじみと娘に語る。そんな父にイレーヌはいっしょに踊ってと言い出す。二人が家に戻るとパリからの電話が彼女を待っていた。直後、とりみだして去る娘を、そっと送り出す父。夕方になり、ゴンザクたちをいつものように見送った彼は、帰路、ふたりの少女が目に映る。アトリエに入ったラドミラル氏は新しい画布に向かうのだった……。

全文を読む(ネタバレを含む場合あり)

スタッフ・キャスト

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受賞歴

第42回 ゴールデングローブ賞(1985年)

ノミネート

最優秀外国語映画賞  

第37回 カンヌ国際映画祭(1984年)

受賞

コンペティション部門
監督賞 ベルトラン・タベルニエ

出品

コンペティション部門
出品作品 ベルトラン・タベルニエ
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映画レビュー

5.0ご実家のご両親さまはご健在ですか。お元気にしておられますか。

2023年12月25日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

「田舎司祭の日記」(監督:ブレッソン)を検索していたらヒットした本作でした。
思いがけず《我が生涯の一本》に出会えた気がします。
本作に感謝です。

・・・・・・・・・・・・

田舎のおじいちゃんを孫たちが訪ねる という映画は、いろいろありますね。
「プロヴァンスの休日」とかも僕は大好きな作品です。

(以下、ゆっくりと読んでください)

この映画はねえ、まあ大変に、緩〜い時間が流れるのでして。
そうなんですよ、
週日 慌ただしく生きている鑑賞者たちにとっては、上映開始しばらくは、そのテンポのゆっくりさに乗り切れず、たぶん苦痛以外のものは無いと思われます。
何せ、立ち話をしている老人の表情を、じっくり丹念に撮っている映画なのですから。

老人は、自分が老いてゆくスピードも、時計のスピードも、汽車の時刻表も、本人のままにならぬことを知りながらも、
かくしゃくとして、そこをユーモアで乗り切る知恵を持っている。
そこがまず素敵。

でも訪ねてきた息子と会話をしていても、言葉がうまく出てこずにお喋りが途切れたり「間」が開いたりするのもので、
「老いの自覚」や「父と息子」という関係の"ぎくしゃく感”は残っていて、そこが実に本物らしくて、心が寄せられるのです。

ストーリーといえば、何のことはない、ただの老父と息子・娘の一日なんですが、
いつも覚え合っていて、地味に、本当に地味に、息子夫婦が毎週顔を見にくることとか、
思いついて駆けつけてくる けたたましい娘の様子とか、
誰にでも覚えのある家族の日常を、しみじみと撮影してくれました。

僕は
秋に両親を伴って、彼らの結婚65周年を祝って、彼らが大昔、新婚旅行で宿泊した群馬県の温泉に行ってきました。
65年前に彼らが泊まったまんまの五号室=その部屋に、三人で川の字で眠り、ご飯を食べ、たくさん語らい、散歩をし、
混浴も果たし、
"さようなら”をする前に、良い親孝行が叶ったと思います。

電話すること、会いに行くこと、
これは何よりの親子の関係です。
かつて特別養護老人ホームで勤めていた時、毎週面会にくる家族と、かたや まったく疎遠の家族と、それぞれを見てきて、僕が思わされたことでした。

映画の老父は、訪問者たちが帰途につくことが寂しくて仕方ない。でも父親としては「しっかりやりなさい」「お前の人生を歩みなさい」と語って、父親であることの威厳を保ちたい。

でも息子は、ふと、老いた父親の黒い帽子に 父の臨終を幻に見る。

落ち着きのない娘も、亡き母の面影を、アトリエや屋根裏部屋でじっと手に取って感慨にふける。

どちらが扶養者であるのか
もうそんなことはどうでもいい。
ゆっくりと歩く父親が、子らと相互に寄り添って
お互いに、お互いの魂と、存在を支える扶養者であり続けること ― それをもう一度教えてくれるこの親と子の姿。
ほっこりした日曜日の午後でした。

実はね、DVDを途中で止めて、遠くで暮らす父と母と電話したんですよ。堪らなく声を聞きたくなったので。
僕がどれほど父を愛し、父の世話になってきたか、子供時分の思い出を父に話し、「ごめんなさい」と「ありがとう」を伝えました。
父親の前ではゴンザグのように敬意を示して上着を脱がない、そういう息子になりたいと思います。

美しいパリ郊外の景色、
子供たちのさんざめき、
何気ない会話の記憶、
ポプラの葉っぱと縄跳び。
そして
家政婦の口ずさむ「さくらんぼの花の咲く頃」の声が、
・・誰にでもある ふる里の光景を、しっとりと甦らせてくれるでしょう。

日曜日の午後、たった一日の滞在ですが、
・更に大人に成長する息子の面持ちと、
・父親と村の酒場で踊る娘の愛おしさに、心中、胸が一杯になることでしょう。

ご健在のご両親に思いを馳せながら、
そして亡くなったご両親を想い出しながら、
映画好きのあなた、
日曜日の午後を味わい深く過ごすひとときを、
この家族は与えてくれると思います。

・・・・・・・・・・・・・

カンヌ監督賞。
ガブリエル・フォーレがサウンド・トラック。
まるでルノアールが動き出したかのような《印象派》のスクリーン。
重ねがさね 目に沁みて、心に沁みました。

ヌーベルバーグにかき乱されて、良いものを見失ったフランス映画への嘆きと、癒やしも感じる
いい映画です。
絶品です。

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きりん

5.0観たかった度◎鑑賞後の満足度◎ “日曜日には『田舎の日曜日』を観よう”とダジャレをいっている場合ではないが、パリ郊外の田舎の日曜日の一日を描いて実に豊穣な一幅の絵のような名画。

2023年8月1日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

①タイトル・バックに流れる子供(少女?)たちの笑いさざめく声にまず引き込まれる。これは良い映画かも?という予感をいやが上にも高めてくれる。
②主人公が画家だからか分からないが、主人公の老画家が住むパリに程近い田舎の風景が全カット絵になるような美しさ。
③その美しい老画家の家での或る夏の日曜日の一日を描いた、それだけの、でもとても豊かで且つしみじみとした気持ちにさせてくれる映画である。
④家政婦と二人きりで暮らす老画家のところには毎週日曜日一人息子が家族と共にやってくる。
どうもあまり父親を少し失望させる人生を送っているようで、妻に選んだ女性にも結婚にも父親は心では良く思っていないが、勿論口にも態度にも出さない。(私の母方の伯父の奥さんとその結婚には親族一同良い思いをしていないので状況はよくわかります)。
息子も父にはコンプレックスを抱いているようだ。
奥さんも夫の家族にどう思われているのを知っているのか知らぬのか、感じているのかいないのか、ごく自然に普通に振る舞っている。
一方、実は息子より愛している一人娘のイレーヌはめったに父親を訪ねないが、この日は珍しくやってくる。
若くしてパリで衣服のお店を経営している娘は奔放な恋愛生活を送っているようだが、自分からは言わないし父親も訊かない。
⑤こうして久しぶりに家族全員が顔を合わせた日曜日だが、子供がそれぞれ独立して一家を構えたり親許を離れて仕事をしている家族らしく、家族ならではの近しさ・親しみもありつつ遠慮もあり、それぞれのプライベートにはあまり立ち入らず、しかし親子の絆は切れずに間違いなく存在している。
⑥突然やってきた娘はパリからの電話でまた慌ただしく帰っていく。
父親は寂しくて仕方ないがやはり顔や態度には出さない。
帰る前に娘は父親と近隣のカフェに出かけ二人きりの時間を過ごす。
⑦かように、大きな事件や大した問題は起きないごくありふれた日曜日(娘が久しぶりにしかも最新の車―もちろん当時の―に乗って訪ねてきたことは父親にしてはちょっとした出来事だったけれども)の朝から夕方までを淡々と描いていく(でも見飽きない)演出がなんとも心地よい。
⑧息子一家が「明日は長男の試験があるから」といつもより早く帰ろうとすると、さすがに主人公は“私を一人にしないでおくれ。夕食は一緒に食べておくれ”と頼む。
夕食の席で“明日の試験、点数が悪くても僕のせいじゃないからね。”とチャッカリ言う長男。
それでも汽車に慌てて乗り込むことになりゆっくりと別れを告げられない(また来日曜日に会えるから良いけど)。
⑨息子一家を送ったあと、家路につく主人公の姿には、小津映画『晩春』『東京物語』のラストの笠智衆の姿が何故かダブって見えた。
⑩正に映画でないと表現出来ない映画だと言える。

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もーさん
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