劇場公開日 1954年6月22日

「「杉村春子生誕110年」」晩菊 よしたださんの映画レビュー(感想・評価)

1.0「杉村春子生誕110年」

2016年4月17日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

笑える

知的

 神保町シアターで「杉村春子生誕110年」として特集上映。
 「晩菊」は数少ない杉村主演作品である。映画では脇役で登場することのほうが多いこの女優は、スクリーンに映るやその物語において最も気になるキャラクターとなる。気が付くと、彼女の演じる人物の一挙手一投足が気になって仕方がなくなるのだ。
 杉村の芝居の真骨頂はやはりコメディであろう。
 この映画では、むかし熱を上げていた男の訪問を受けてからの身支度のシークエンスでそれを確認することができる。そうすることで毛穴が塞がって化粧ののりが良くなるのだろうか、喜々として氷を割り、手拭いに包んで顔を冷やす。この時の動作と表情が、観客の微笑みを誘う。
 このように嬉しくて小躍りしたくなる大の大人の心情を、杉村は日常の何でもない動作を芝居にすることで表現する。
 このような杉村の芝居は成瀬巳喜男の作品のみならず、いくつかの小津安二郎の作品にも見ることができる。キャストの中に彼女の名前を見つけると、映画を観る前から楽しみになるものだ。客を呼べる俳優とはこういうことを言うのだろう。

 しかし、この作品においては、そのような彼女の力量を無駄にしてはいまいか。
 上原謙が演じる昔の男への想いが、彼の切り出した金の話を契機に急速に冷めていく。この心情の過程を、映画は杉村の独白によって観客に説明してしまう。
 なぜ、この物語の決定的に重要な転換点を、杉村の芝居ではなく、セリフで表現したのか。名匠成瀬にして、これはないだろうと言いたい。
 懐旧と思慕の情が、世知辛い借金の話を境に軽蔑へと変化する。これを芝居や映像で表すことなく、俳優のナレーションで説明してしまったのはなぜなのだろう。
 杉村の芝居がすばらしいだけに、このモノローグが惜しまれる。

佐分 利信