ゴジラ対ヘドラのレビュー・感想・評価
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核の申し子 vs 公害の申し子‼️
この作品はゴジラ映画史上最も汚い作品(笑)‼️ヘドラは公害から生まれた怪獣‼️ヘドロという人間が生んだ死の世界から生まれ、ヘドラが通過すると死のイメージが広がる、どーしようもない邪悪な存在‼️冒頭の実際の公害映像も汚いし、クラブで歌い踊る若者たちの頭が奇形魚と化すイメージも変だし、ヘドラがヘドロ弾を発射するのはまるで「う◯こ」みたいだし‼️とにかく汚ーい‼️一方で、ヘドラが硫酸を噴出しながら飛行すると、その下で体育の授業中だった女子生徒たちがバタバタと倒れたり、ヘドロ弾で多数の人々が犠牲になる恐ろしい描写も‼️そんな汚さや恐ろしさを少しでも和らげるため、アニメーションが挿入されたり、飛行ゴジラというチョット微笑ましいというか、ユーモラスな描写もあってバランスが保たれているような印象があります‼️そして海で暮らしてるゴジラも、その海を人間に汚されているわけで、ヘドロまみれになりながらヘドラを倒した後の、人間たちへのガン飛ばしも印象的‼️とにかく、この「ゴジラ対ヘドラ」という作品は、怪獣映画で公害問題を扱ったこと自体異質だと思うし、多分二度と作られない作品として唯一無二の存在感を放っている作品ですね‼️
社会問題をうまく調理
公開50周年を記念して渋谷パルコで展覧会が開かれているというニュースを見て再鑑賞。
エンタメ方向に舵を切ったゴジラシリーズだが公害問題を真正面に据えてヘドロ怪獣を産み出した、初代ゴジラの核実験由来と言うコンセプトに通じるものを感じて原点回帰かと期待が膨らむ。
ただ、主役はゴジラフリークの少年、ガメラの影響もあるのだろうがゴジラもすっかり子供たちのアイドル、地球の保護神に様変わり。
冒頭から汚れた海のゴミ映像に「かえせ!太陽を」という主題歌がかかる。監督の坂野義光さんの作詞だがまるでアンチ公害のシュプレヒコール。
♪~鳥も 魚も どこへいったの トンボも 蝶も どこへいったの
水銀 コバルト カドミウム ナマリ 硫酸 オキシダン シアン マンガン バナジウム クロム カリウム ストロンチュウム
汚れちまった海 汚れちまった空 生きもの みんな いなくなって 野も 山も 黙っちまった
地球の上に 誰も 誰もいなけりゃ 泣くことも出来ない かえせ かえせ かえせ かえせ
みどりを 青空を かえせ かえせ かえせ かえせ
青い海を かえせ かえせ かえせ かえせ かえせ かえせ
命を太陽を かえせ かえせ かえせ かえせ かえせ かえせ~♪
ところが劇中の若者はいたってノー天気、公害反対のゴーゴー大会を富士山麓で開いてどんちゃん騒ぎ。当時の若者文化への迎合かと思ったらヘドラに襲われ硫酸ミストで白骨化・・。
ヘドラも公害怪獣かと思ったら隕石に付着してやってきた宇宙生物由来とは、ちょと日和ったか。
オタマジャクシから変態を繰り返して空を飛ぶ、この辺はシン・ゴジラの変態のヒントになったかも・・。
相変わらず人間側は心もとない、博士のようだが一般市民にしか見えないおじさんがヘドラの生体解明や必殺兵器を考案というの非現実的、やっと自衛隊出動も肝心な時に停電で結局はゴジラにおいしいところを譲りました。
やっと倒したと思ったら復活のドッキリ、オープニングといいおまけドッキリと言いこの辺は007のフォーマットの影響を感じます。
なんと驚いたことにゴジラまでプラズマ噴き出しで空を飛ぶではありませんか。田中友幸・大プロデューサーは激怒したとか、それでもやったもの勝ち。最後は「シェーン」さながら、去りゆくゴジラを少年が見送ると言う映画フアンへのくすぐりなどサービス精神満載。
シビアな社会派コンセプトですが歌やアニメ挿入で重さを回避して軽妙に仕立てていますね、個人的には初代ゴジラのような硬派な作風が好みなのでやや失望感はありますが商業映画としては難しい時代だったのでしょう。
ゴジラ兄さん!
水銀コバルトカドミウム〜
歌とサイケなイメージに時代の勢いを感じる
アニメは湯浅政明みたいなスタイリッシュさ、画面分割も斬新
ゴジラの造形や怪獣プロレスのテンポはさすがに牧歌的に見えてしまったけど、ヘドラの魅力は永遠の輝き
煙突から出る黒煙をぶおーと吸引するとか、暗い画面と白い硫酸ミストのコントラストとか、滑空する足元で人がバタバタ死ぬシーンの悪夢感とか。いるだけでナチュラルに人が死ぬ。
「か〜えせ(か〜えせっ)」。。
もともと人間が蒔いた種なのに捨て身でケツ拭いてくれるゴジラ…マジ兄貴
不出来な舎弟でどうもすみません
元はヘドラ同様、人間の不始末から生まれたはずが、いつの間にやら大自然の守り神的存在に。
でも人間さえ死滅すれば公害問題も即解決するのにわざわざ守ってくれるとかイケメンすぎません?
これ劇場でみたのだけれど
最初に見たときは子供だったし、当時はゴジラにも空飛んでほしいと思ったけどもさー
これじゃない感、満載
結局、大人になってもちろん公害に対する問題提起作としての反面も考え合わせても
いまだにおもしろさがわからない
だいたいヘドラって可愛さゼロだよ
エビラやクモンガみたいな美しさの欠片もないし
新しい時代の不安には新しい不安を体現する怪獣映画が必要というテーマ性の回復がなされた
1971年7月公開
前作ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃から1年8ヵ月ぶり
つまり1970年はゴジラ映画は春、夏、冬、そして1971年の春と、その間1本もなしだった
東宝特撮の神、円谷英二が1971年1月に亡くなったこともあるだろう
だが喪に服して怪獣映画の製作が止まったわけではない
「ゲゾラ・ガニメ・カメーバ 決戦!南海の大怪獣」というゴジラが出ない怪獣映画が1970年8月に公開されている
これは一番弟子の有川貞昌が担当している
しかし怪獣映画のブームは去ってしまったのだ
ゴジラ映画の前作は番外編みたいなものだから、実質的には1968年8月の怪獣総進撃から約2年もブランクが空いてしまったのはそういうことだ
その間はガメラが踏ん張って怪獣映画を一人で支えていたのだ
そのガメラも1971年7月のガメラ対深海怪獣ジグラで一旦終了となる
製作映画会社の大映が倒産してしまったからだ
ガメラは毎年春に公開が通例であったが、この最後の作品だけは夏の公開だ
つまり初のゴジラとガメラの直接対決になったのだ
しかも向こうからぶつけてきたのだ
結果はどちらの作品もまずまずの入りとのことだから、初対決は引分けというところか
さて内容はどうか
その時代での漠然とした不安を怪獣の姿にして具象化し、現実世界をその怪獣が破壊するシーンを見せる事によって、不安の正体を明確化する
そしてその怪獣が倒されるか去ることによって不安感を一時的にせよ解消する
初代ゴジラはこのような構造があったからこそ、映画のイノベーション足り得たと思う
そして前作のゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃において、本多猪四郎監督は新しい時代の不安には新しい不安を体現する怪獣映画が必要だというテーマ性の回復を提示していたと思う
本作はそれに真っ正面から回答に取り組んだ作品だと思う
その新しい時代の不安とは、もちろん公害問題
今でいう環境問題だ
本作の前年の1970年には光化学スモッグで都内の中高生が多数被害を受ける事件が起こっている
また同年に田子の浦港のヘドロ問題の対策協議が大問題化していたのだ
まさしくその時代の不安を具象化した怪獣映画と言えると思う
ヘドラを退治する方法は人間が考え出しはするのだが、決定的な瞬間には間に合わない
結局ゴジラの力によってその解決方法を完遂する事ができるというストーリーはゴジラ任せの精神ではない
公害問題、環境問題を人間のみの力では解決出来ないかも知れない
ゴジラという超自然的な力があってこそ最終的な解決までいくことができることだろう
それでも人間がその解決方法を用意していなければゴジラであっても解決できなかったかも知れないというメッセージだ
つまり、まず私達自身が解決に向けて行動しなければならないという意味だ
ラストシーンでのゴジラが訴えているのはその事だ
こんな事になるまで地球を汚すな
汚してしまったなら自分で最後まで始末しろ!と
なんで俺が面倒みないとならないんだ!と
そしてもういっぴき・・・・のテロップ
またヘドラは生まれてしまうだろうとの意味と受け止めた
本作から半世紀がたった
光化学スモッグの発生は近年では稀になって来た
田子の浦の浄化もすすんだ
本作のヘドロの海が21世紀には世界遺産の一部になるとは想像も出来ないことだろう
これならゴジラもそう怒らないだろう
しかし21世紀のヘドラは中国から出現するだろう
はるかに強力で巨大だ
しかし本当に現れたのは、予想もしなかった新怪獣だった
武漢に出現したコロナウイルスという大怪獣だ
とってもセクシーなコスチュームでお姉ちゃんが・・・
この映画の中には監督が趣味で作ったような部分がふんだんに盛り込まれている
例えば音楽の使い方とか
例えば二人の女優が妙に色っぽいとか
例えば絵による説明とか
公害に抗議するためのいろいろな映像手法とか
ゴジラのキャラ設定とか
これは監督からしてみればとっても楽しい仕事だったに違いない
よくこんな趣味的要素盛りだくさんの映画を会社が作らせてくれたもんだ
きっとこの頃はゴジラ映画の全盛期でどんな映画作っても絶対に売れるということが分かっていたからだろう …
と思って調べてみたら違っていた。 どうやら本プロデューサーが入院してる間に 企画が通って撮影してしまったらしい
この作品を作った後、監督への道が閉ざされたらしい。 頷ける話だ 。しかし、もうちょっと優れた プロデューサー だったら 才能に気が付いて もっと活躍させていたに違いない。残念な話だ...
脚本はスピード感があり、上手くまとまっており、大人が見ても一応の鑑賞に堪える内容となっていると思う
最後の締めくくりもなかなか気が利いている。
「この惨事により、政府は公害の規制を厳しくすることになりました」
ってことにでもなるかなと思ったけど。このラストのほうがずっと良い。
もういっぺん見たくなると言っても過言ではない逸品であろう。
もしゴジラが飛ばなかったら、、、
ゴジラが飛んだことは批判の的になるこの映画。
リアルタイムで見た自分としては、
とにかく公害そのものがこわかった時代、
新聞ではヘドロの海の写真や骨の曲がった魚の写真。
実際、町に出れば車の排気ガス、腐ったような川。
それを具現化したヘドラと狂ったようなサイケ文化を
映像化したこの作品。
ひとりで映画を見に来てた小学生の自分も欝になりそうだった。
ゴジラが飛んでくれて、吹っ切れて明るく帰れた。
どーしてもゴジラが飛ぶのは、必要であり、必然。。。そういう時代だった
原点回帰狙って飛んでもない方向に飛んでった衝撃作
ゴジラ第11作目なのですが、10作目がメチャメチャ子供向けだったのに対して、本作は180度方向転換し子供にトラウマを植え付けんがばかりの内容になっています。いったい何があった制作陣!?
もうオープニングの歌からしてインパクト大!水銀コバルトカドニウム~ってこの歌今だったら多方面からクレームの嵐になりそうです。いくら公害問題を取り扱った作品といえど表現がストレート過ぎでしょう。よくPTAとかに怒られなかったなぁ。
というか駿河湾って当時はあんなに汚かったのでしょうか?あれ、本当に本物の映像?中盤ヘドロの中に赤ちゃんがいる映像流してみたり、どんだけ公害問題前面に出してきとんねん!っとツッコミ入れたくもなるのですが、本当にあれだけ汚かったら訴えたくなるかも知れません。うーん、スゴい時代だ。
そして、ヘドラがまた強い強い。下手すりゃゴジラシリーズ最強じゃないですか、あれ?頭の上を通過しただけで人間が白骨化してしまうとか危険過ぎです。そんな触るだけで危ないヤツなのにゴジラさん、わざわざ取っ組み合いしにいくとか止めてー!光線出せるんだし、岩も投げれるんだし、離れた所からの攻撃が正しい戦略ですよ!?
途中でアニメが挿入されたり、ゴーゴー踊ってる所でまたあの主題歌を歌ってたり、画面分割して公害訴えてたり、ゴジラが飛行しちゃったりと色々と印象に残るシーンの多い作品でした。当時「楽しいゴジラ」を期待して観に行った子は終わった後に涙目だったに違いない・・・
で、結局ラストに出る「そして、もう一ぴき・・・」は何だったんでしょうね?
ゴジラシリーズのカルト作品!
映画館で観た最初のゴジラ映画だ。しかも試写会にて、シリーズ最大の異色作を観たことになった。鳥も魚も~♪という麻里圭子の歌は記憶に残らないのだが、何度聞いても新鮮に聴こえる不思議な曲だ。「水銀、コバルト、カドミウム~♪」と続くのが笑える。そしてヘドロの中のペルシャ猫が可愛い。そして、撮影とは言え、赤ん坊を泥の中に埋めた映像にはゾッとする。
不気味な赤い目をしているヘドラ。矢野少年にも襲い掛かるし、お父さんにも襲い掛かる。が、お父さんは顔面にヘドロ跡が残る。各地で起こるタンカー事故もみなヘドラが原因だとニュースで伝えられるのだ。工場の煙を吸って硫酸化合物を吐き出す怪獣だと矢野博士は解析(もっと難しいこと言ってた。硫酸化合物とかヘドミウムとか光化学スモッグも)。こうして日本を騒がせていた公害問題を巧みに取り込んだ異色作なのだ。またヘドラが通った後には硫酸ミストが巻かれ、金属は腐蝕し、人間は溶けて骨だけになってしまう恐ろしさ。
星座や核爆発やヘドラの成長段階の講義、その他にも子どもの絵やアニメで説明的に随所に散りばめた特殊効果。B級要素満載なところがとても好きだ。公害問題を取り上げたのみならず、若者文化のゴーゴーや集会、退廃的で厭世的ではあるが、キャンプファイアーでのゴーゴーがいい♪100万人ゴーゴー大会が百人しか集まらなかったのですから・・・
ゴジラが負けるんじゃないかと心配になった作品でもあります。ヘドラにパンチを浴びせても、手が溶けちゃって指の骨まで見えてしまうし、穴に落とされヘドロ漬けにされそうになるくらいだ。また、この映画でゴジラはエビみたいに後ろ向きで空を飛びます。クイズにもよく出るので押さえておくように!汚れちまった海、汚れちまった空・・・、最後はちょっと暗めの歌。
水爆対公害…人類の過ちへの警鐘!
ゴジラ・シリーズ第11作。
Blu-rayで6回目の鑑賞。
怪獣映画だからと言って甘く見ちゃいけない。本作は子供だけでなく、大人の観賞にも充分耐え得るものです。むしろ、大人こそ観なければならない作品かもしれません。
当時社会問題となっていた公害をテーマとして採り上げ、ヘドロから誕生したヘドラと水爆が生み出したゴジラ―人類の大きな過ちが生み出した二大怪獣の死闘が描かれました。
公害以外でも、アングラな若者やゴーゴーと云った流行も描いて世相を反映し、演出面ではアニメーションを取り入れるなど、シリーズの中で異色の仕上がりとなっていました。
ヘドラとゴジラの戦いで生じた死者の数がニュースで報じられ、硫酸ミストで人間が白骨化したり、メインキャラがあっけなく死亡するなど、ハードな展開に度肝を抜かれました。
円谷英二特技監督時代には意図して避けられていた流血シーンが描かれたことも特徴的。ゴジラが右目を潰され、左手にも重症を負いつつヘドラと死闘を繰り広げました。
ヘドラの生々しさと、人類の愚かさを表現するために、あえてリアリティーを追求した描写にしたのかもしれません。
ラストシーンが忘れられない。自衛隊の手際の悪さに己の過ちの尻拭いも出来ない人間の愚かさが象徴され、人類に向けられたゴジラの鋭い眼光が全てを物語っていると思いました。
[余談]
ゴジラの飛行は…ナイなぁ…(笑)。
[以降の鑑賞記録]
2020/11/22:Amazon Prime Video
2021/12/31:日本映画専門チャンネル(4Kデジタルリマスター版)
※修正(2024/03/14)
シリーズ第11作目。 オープニングだけで100回は観れるシリーズ屈...
シリーズ第11作目。
オープニングだけで100回は観れるシリーズ屈指の名作。
時代を象徴するサイケミュージック、トリップ映像はとても象徴的で、汚物に塗れた海や住居等のシーンは低予算ながらシリーズ1のパンチ力。
ヘドロのコンクリ責め攻撃が容赦なくて印象的。
そしてラストのゴジラ飛行でもう全て台無し。爆
色々あって最高です。
ゴジラとはどういう存在かというテーマを原点回帰で改めて知らしめた渾身の一作。
水銀コバルトカドミウム〜♪
ヘドラが気持ち悪くて良い ラストのバトルはグダグダと長いし ゴジラ...
ヘドラが気持ち悪くて良い
ラストのバトルはグダグダと長いし
ゴジラは飛ぶし よくわかんないが
公害という目の付け所が好きだ
たまに挿入されるアニメーションも好きだった
サブカル的にNo.1ゴジラ
オープニングからサイケデリックな歌で頭クラクラになる。全体的に暗い内容だが、ゴジラだけコミカルで浮いてる。中に人間が入ってます感が強い。ヘドラを生み出したのは人間お前達だ!と言わんばかりのゴジラの睨み、最高だね。当時の公害問題を作品に込めた意義のある映画。
75点
ヘドラには多くの要素が詰まっている
シリーズ11作目。
前年に円谷英二が死去。
衝撃と悲しみの中、新体制(特技監督に中野昭慶が初登板)で作られた本作は、シリーズ最大の異色作。
公害から生まれた新怪獣ヘドラと戦う。
独特の姿形、得体の知れない不気味さ、変身・成長していく様など、ゴジラを最も苦戦させた敵の一体として、その存在はシリーズの怪獣の中でも際立つ。
また、作品全体を不穏な空気が包み、シリーズでは例のないショッキングなシーンもあり、ファンの間でも好き嫌いはっきり分かれる。
でもそれは、本作に対するきちんとした評価だろう。
当時の若者文化やアニメを挿入したりと、演出もユニーク。
子供向け演出として、ゴジラが何と空を飛ぶが、坂野監督はこれで田中Pの怒りを買ってしまったのは有名な話。
本作のテーマはズバリ、公害。
当時も多くの公害映画が作られたそうだが、あからさまに取り上げて説教臭くではなく、ヘドラという怪獣の姿を借りて、公害の恐ろしさを訴える事に成功している。
それは核や放射能の恐ろしさを怪獣に姿を変えて誕生したゴジラそのもの。
すっかり正義のヒーローと化したゴジラに代わって、本来の恐ろしい怪獣の醍醐味を、ヘドラが代弁してくれている。
見所が多々あるのだが、敢えてもう一つ挙げるとすれば、ラストシーン。
ヘドラを倒した後、ゴジラは人類を睨みつける。
公害問題もヘドラを生み出したのも全てお前らの責任だ!と言わんばかりに。
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