魔女の宅急便(1989)のレビュー・感想・評価
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キキのその後を再び映像化して欲しい…
最初に鑑賞したのは中学生時代だったろうか。
高山みなみさんのキキ、佐久間レイさんのジジの声が、ベストマッチだなあと驚いたことを最近の出来事であるかのように覚えている。
思い出深いシーンは数あれど、パン屋のおソノに気に入られて配達屋を始めるまでの前半パートは大きな波がないのにもかかわらず、つぶさに覚えているのは何故だろうか……。
児童文学ではその後のキキも描かれているが、映画で再びこの世界を楽しむことは叶わないだろうなあ……。
【96.5】魔女の宅急便 映画レビュー
本作の完成度は、極めて高い次元でバランスを保っている。原作の角野栄子の児童文学が持つ温かみと自立へのテーマを尊重しつつ、宮崎監督特有の、空を飛ぶことへの憧憬と現実の厳しさ、そして少女の心象風景を繊細かつ雄大な映像世界へと昇華させた手腕は、まさに名人芸と評するに値する。13歳の魔女キキが故郷を離れ、見知らぬ港町コリコで自立の第一歩を踏み出す物語は、彼女が遭遇する喜び、戸惑い、そして深いスランプといった心の機微を、魔法の力の喪失というメタファーを通じて描き切っている。特に、最終盤における、力を取り戻したキキが一瞬の判断でトンボを救出する場面は、精神的な成長の克服と、現実世界への能動的な関与を象徴しており、物語の結実として感動的である。全編を通じて、無駄な描写は皆無に等しく、細部に至るまで物語のテーマが貫かれており、一つの芸術作品としての統一感を保っている。この「成長の物語」は、普遍的な青春の断章として、世代や国境を超えて鑑賞者に共感を呼び起こす、稀有な傑作である。
監督・演出・編集
宮崎駿の演出は、空への偏愛と、緻密な生活描写のリアリティが見事に融合している。特に、キキがホウキで飛行するシーンのスピード感と風の表現は、観客を文字通り作品世界へと引き込む臨場感を生み出している。これは、アニメーションでありながら、身体的な感覚を呼び覚ます卓越した演出である。港町コリコの街並みは、北欧や地中海沿岸の都市を想起させる架空の美しさを持ち、その異文化的な風景の中でキキの孤独と奮闘を際立たせる効果をもたらしている。編集は、物語のテンポを巧みに操り、キキの明るい旅立ちから、都会での疎外感、スランプの静謐な描写、そして劇的なクライマックスへと、感情の起伏を淀みなく繋いでいる。特に、スランプの描写は、台詞ではなく、キキとジジの間に流れる沈黙や、絵描きのウルスラとの交流を通じて、観客にその重みを体感させる、抑制の効いた見事な演出である。
キャスティング・役者の演技
本作のキャスティングは、主要な役柄において、声優の個性が役柄のイメージと完全に合致している点で成功している。
高山みなみ(キキ/ウルスラ)
主人公キキの瑞々しい感受性と、自立への迷いを、高山みなみは驚くべき表現力で体現している。13歳の少女特有の無邪気さと、新天地での孤独や不安からくる内省的な感情の揺れ動きを、声のトーンと息遣いの変化のみで表現しきっている。特に、魔法の力を失い、親友である猫のジジの言葉が聞き取れなくなるシーンの、心の深い部分から湧き出るかのような静かな絶望感は圧巻であり、観客の胸を締め付ける。また、二役を演じた絵描きのウルスラとしての、達観した大人の女性の響きは、キキのそれとは対照的であり、一つの作品内で二つの異なる魅力を提示し、作品の深みを増している。高山の演技は、単なるキャラクターへの声の提供を超え、キキという人格そのものを構築していると言えよう。
佐久間レイ(ジジ)
キキの相棒である黒猫ジジを演じた佐久間レイは、その愛らしくもどこか飄々とした声で、キキの話し相手として重要な役割を担っている。初期の、キキに対して冗談を言ったり、からかったりする茶目っ気のあるトーンから、キキのスランプ期には、言葉を失うことで、キキの精神状態を反映する鏡のような存在へと変化する。その演技は、ユーモラスであると同時に、キキの精神的な成長の過程を象徴的に示す重要なファクターとなっている。
戸田恵子(おソノ)
キキが居候するパン屋「グーチョキパン店」のおかみ、おソノを演じた戸田恵子は、その温かく包容力のある声で、見知らぬ土地で不安を抱えるキキにとっての「母なる大地」のような存在を見事に演じている。多くを語らずとも、キキを信頼し、見守る優しさと、肝っ玉の座った女性の力強さを表現しており、都会生活における人間関係の温もりを体現している。
山口勝平(トンボ)
キキに好意を寄せる少年トンボを演じた山口勝平は、その快活で情熱的な声で、未来への夢と空への憧れを持つ等身大の少年像を創出している。キキに対して無邪気に接する明るさが、時にキキの自尊心を傷つける結果となるが、彼の根底にある純粋な心は、クライマックスでの危機的状況においてキキの力を呼び覚ます鍵となる。彼の演技は、キキの思春期の人間関係における「他者」の存在の重要性を際立たせている。
加藤治子(マダム)
クレジットの最後近くに登場するものの、強烈な印象を残すのが、老婦人マダム役の加藤治子である。その品格と落ち着きに満ちた声は、キキに仕事の依頼をする老舗の顧客としての威厳と、キキの不器用さを受け入れる優雅な知性を完璧に表現している。彼女とキキの交流は、世代を超えた「魔女」としての共感と、プロフェッショナルとしての誇りをキキに教え込む重要な場面となっており、加藤の演技は、作品に深みのある色彩を与えている。
脚本・ストーリー
角野栄子の原作を基に宮崎駿が脚色した脚本は、一見すると大きな事件のない日常の積み重ねに見えるが、その実、思春期の少女の繊細な心理的葛藤を緻密に追体験させる構造を持つ。物語の核は、魔女という特殊な設定を借りた、普遍的な「自立」と「孤独からの脱却」、そして「才能の限界と再構築」である。魔女修行という名目で家を出たキキが直面するのは、自己存在の証明という、誰しもが通る青春の試練である。魔法が使えなくなるというスランプの描写は、才能や個性の喪失という、現代社会を生きる若者にも通じる普遍的な不安を象徴している。この内省的な物語を、ファンタジックな外衣で包み込むことで、より広く深い共感を呼ぶことに成功している。
映像・美術衣装
美術監督の大野広司による背景美術は、本作の最大の魅力の一つであり、架空の都市コリコを、圧倒的なディテールと色彩で描き出している。北欧的な石造りの家並み、美しい海の色、そして豊かな緑は、作品に詩的でノスタルジックな雰囲気を付与している。キキのシンプルな魔女の衣装である黒いワンピースは、彼女の未熟さと、新しい街での浮遊感を象徴しており、他の色彩豊かな人々と対比されることで、その存在感を際立たせている。映像全体の色調は、温かみのある光に満ちており、物語の主題である「優しさ」と「希望」を視覚的に表現している。
音楽
久石譲による音楽は、物語の感情的な流れと完全に同調し、作品の詩情を豊かにしている。その軽快でメロディアスなスコアは、キキの旅立ちのワクワク感や、空を飛ぶ爽快感を盛り上げると同時に、スランプ時の静かで内省的な場面では、ピアノの旋律がキキの心の空虚さを表現する。主題歌として採用された、**荒井由実(現・松任谷由実)の楽曲は、この作品の文化的アイコンとなっている。オープニングの「ルージュの伝言」は、1970年代の日本のポップスでありながら、キキの旅立ちの高揚感を完璧に表現し、エンディングの「やさしさに包まれたなら」**は、旅を終えて一歩成長したキキを優しく見守るような温かい余韻を残す。この音楽選定は、作品のノスタルジーと青春の輝きを際立たせる、宮崎監督の卓抜なセンスの現れである。
受賞歴
本作は、国内外の主要な映画祭で高い評価を受けている。特に、第13回日本アカデミー賞において、話題賞(作品部門)を受賞し、さらに毎日映画コンクールではアニメーション映画賞に輝いている。また、キネマ旬報ベスト・テンの読者選出日本映画ベスト・テンで第1位を獲得するなど、批評家だけでなく、一般観客からも圧倒的な支持を得た事実は、本作が単なる興行的な成功に留まらない、芸術性と大衆性を兼ね備えた傑作であることを証明している。
総じて、映画『魔女の宅急便』は、技術的な洗練、物語の普遍性、そして心の機微を捉えた演出の全てにおいて、日本アニメーション映画史における金字塔の一つとして、今後も長く記憶されるべき作品である。
作品[Kiki's Delivery Service]
主演
評価対象: 高山みなみ
適用評価点: A9
助演
評価対象: 佐久間レイ, 戸田恵子, 山口勝平, 加藤治子
適用評価点: B8
脚本・ストーリー
評価対象: 宮崎駿 (脚本), 角野栄子 (原作)
適用評価点: S10
撮影・映像
評価対象: (担当者表記なしのため空欄)
適用評価点: S10
美術・衣装
評価対象: 大野広司
適用評価点: S10
音楽
評価対象: 久石譲, 荒井由実
適用評価点: S10
編集(減点)
評価対象: 瀬山武司
適用評価点: -0
監督(最終評価)
評価対象: 宮崎駿
総合スコア:[96.53]
マグの取っ手に宿るやさしさアクション
公開当時に劇場で観てそれ以降もテレビ放送のたびに観て何度目かなんだが劇場で観るのは本当に久しぶりかも。ありがとうさよなら丸の内東映。
あらためて観るとやっぱり動きがすごい。ともすれば地味で面白みのないものになりそうなのに宮崎駿の動かし方が凄すぎるからそれで名作になってる。
例えば旅立ち前。
最初の風に揺れる草木の動きもすごいが。
地味に感心したのは今夜出発すると決めたキキが駆けていく際になんかわざわざ花壇か何かの壊れた箇所をくぐるアクションがあるところ。
あんなの作画コストを考えたらやらなくたっていい。でもあのアクションがあることで「近道らしき場所を知るほどキキにとって馴染みの町」であることが視覚的に分かる。
例えばパパがキキを高い高いする場面。一旦キキの体を持ち上げようとするもうまく持ち上がらないので腰を入れて下から持ち上げている。
あのアクションを描くことでパパにとってキキがいつの間にかかなり大きくなっていた、ということが分かる。父親の愛情のみならずあの場面に至るまでの過去も想像できるような動きになっている。
オソノさんが最初にキキを迎え入れてコーヒーを出す場面。
あそこもわざわざコーヒーを注ぐアクションを入れるだけでなくキキの前に一旦マグを置いてからわざわざ持ち直してマグの取っ手をキキに向けている。
あんな面倒な小アクションやらなくたっていいのだが。あの「取っ手を相手側に向けて取りやすくする」というアクションが入ることでオソノさんのやさしさが強調されるんだ。だから観客は主題歌どおりの『やさしさに包まれたなら』な気分になる。
これまで何となく観ていた重い荷物を空飛びながら運ぶ場面。
あそこも「重くて飛ぶコントロールが難しくなっているので建物を蹴って勢いをつけながら飛ぶ」という描写をわざわざやっている。
あのリアリティの積み重ねよな。
そもそも飛び方も横回転や縦回転に上下左右の動きを混ぜてかなり面倒な動きをさせている。それこそCGでもAIでもやるのが面倒な動き。
本当によく動かしている。だからこそ40年近く経った平日夜でも満席になるんだな。
今観ると印象よりパンチラが多いし、プロペラつき自転車の2人乗りは迷惑行為だし、ヒッチハイクも危険なイメージついてるし、あの当時だからできた描写が多い。それも悲しい時代の流れだ。
あと名探偵コナンがすっかり根付いた今においてはキキもウルスラも思ったより「声がコナンじゃねーか!」と感じる瞬間があって。特に笑い声や声を張り上げる時に。この感覚も今だからなんだろうな。
満席の場内はほぼ10~20代の女性のお客様ばかりで驚き。 若い世代にしっかりと受け継がれているようで、なんだかこちらも嬉しくなりました。
約65年の歴史に幕を下ろす丸の内TOEIさんにて『さよなら丸の内TOEI』と題した特集上映が開催中。
本日は『魔女の宅急便』を劇場大クリーンで鑑賞。
『魔女の宅急便』(1989年/102分)
『ナウシカ』『ラピュタ』『トトロ』『火垂るの墓』に続くスタジオジブリ第5弾。
過去作の劇場公開を見逃していた私の周囲も爆発的に普及したレンタルビデオで後追い、すっかりジブリ作品に魅了された好機に公開された作品。
「クロネコヤマトの宅急便」、ヤマト運輸がスポンサーを快諾、日本テレビも本作から制作に参加したことで、今まで以上の大規模な広告宣伝展開が張られ、以降ジブリの新作公開自体がイベント化されたのも本作でしたね。
主題歌は松任谷由実氏が荒井由実時代にリリースした『ルージュの伝言』『やさしさに包まれたなら』。当時の松任谷氏はリリースするアルバムはすべて第1位、アルバム売上記録を更新するなど時代の寵児。
楽曲と作品の相性もバッチリですが、超大物アーティスト起用の意外性に驚いた記憶があります。
このあと『もののけ姫』(1997)、『千と千尋の神隠し』(2001)でさらに日本中が熱狂しますが、本作がジブリ最初の最高潮だと思いますね。
ストーリーも「世界名作劇場」の『アルプスの少女ハイジ』や『赤毛のアン』の流れをくむような「魔法」という特技と個性を持つ思春期の少女が、優しい周りの人々に励まされながら、心の葛藤や不安を乗り越えて、一歩ずつ大人になるための自分探しの成長譚。
キキを助ける街の人々も実に穏やかで魅力的、宮崎駿監督お得意の飛行シーンも一段と磨きがかかっていますね。
舞台も北欧、イギリス、パリ、ナポリの風景を織り交ぜた架空のヨーロッパですが、実際に魔女が存在していてもおかしくない街並みで、背景だけでもずっと観ていたくなるほど美麗に描かれています。
後半黒猫ジジが人間の言葉をしゃべれなくなったのはキキが大人に成長したからだと思いますが、そのような演出も実に上手いですね。
もう公開から35年近く経過、今回の復活上映もご年配の方ばかりの来館かと思っていましたが、満席の場内はほぼ10~20代の女性のお客様ばかりで驚きましたね。
若い世代にしっかりと受け継がれているようで、なんだかこちらも嬉しくなりました。
ひとりの女の子の成長物語‼️
この作品は、主人公の魔女のキキを通して少女の旅立ちと成長、そして自立を描いた宮崎駿監督からの応援歌‼️女の子だけではなく、現代に生きるすべての人に対しての‼️魔女の娘は13歳になると、修行のため独立して暮らさなければならない、という掟に従い、少女キキは赤いラジオをホウキの先にぶら下げて、黒猫のジジと一緒に旅に出る。ある港町でパン屋のおばさんに気に入られ、店先を借りて宅急便を開業するのだが・・・‼️魔女のくせに空を飛ぶ事しか出来ないキキ‼️そんなキキが初めての一人暮らしにワクワクしながら、たくさん買い物したり、自分の服装に不満を感じたり、魔女としての自分に思い悩んだり、お金を稼ぐことの大変さを痛感したり、親しい少年が他の女の子と仲良くするのを見てジェラシーを感じたり、それが原因で飛べなくなったり‼️魔女である前にフツーの女の子としてのキキのエピソードの数々に共感しまくってしまいます‼️そんな一生懸命に自分らしく生きるキキは、男女問わず友達になりたいと思える魅力的なヒロインですね‼️そして飛行船のロープが絡まって、空高く舞い上がった少年を助けようと、掃除夫から借りたデッキブラシにまたがって飛び立つクライマックスの素晴らしさ‼️このクライマックスのみならず、全編にキキの飛行シーンがあり、大空への憧れを隠さない宮崎駿監督の面目躍如ですね‼️ホントに素晴らしい‼️
落ち込んだ時に観たい映画
やさしさに包まれたならきっと目にうつる全てのことはメッセージ
1989年公開作品
配信無し
TSUTAYAでDVDレンタル
過去数回鑑賞
久々に鑑賞
監督と脚本は『ルパン三世 カリオストロの城』『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『紅の豚』『君たちはどう生きるか』の宮崎駿
粗筋
魔女のしきたりで13歳になると親元を離れ1年間別の土地で修行しなければいけない
キキは黒猫ジジを連れて箒に跨り空を飛び海辺の街に引っ越すことに
パン屋の好意で空き部屋に住まわせてもらったキキは宅急便を始める
馴れ馴れしくいきなり声をかけられ反発していたキキではあったが地元の少年コポリとも次第に打ち解け友達になる
そんなある日にキキは突然飛べなくなるスランプに落ち込むが親しくなった画家のウルスラに励まされる
飛行船「自由の冒険号」が強風でバランスを崩し先が下になって飛び立ってしまうハプニングに巻き込まれロープ一つを掴んで繋がっているコポリを救うためキキの飛ぶ能力が復活する
例外に漏れず原作とはだいぶ違うそうだ
原作者が鑑賞しあまりにも違うのでびっくりしたらしいが映画のおかげで読者層が広がり感謝しているようで彼女の場合は大人だなと感心する
原作に寄せた実写版が比較的に批判が少ないのはその事情を知っているためで流石にそれを考慮してのことだろう
原作の世界観では人々は魔女をあまり歓迎しないらしいがアニメでは車社会の都会でも街の住人は比較的キキに好意的だ
魔女が空を飛んでいても多少驚くことはあれ化け物を見るような目で恐れない
田舎に行ったら田んぼで白鷺を見かけた程度のリアクション
キキもウルスラもそういえば高山みなみの一人二役だった
誕生日を迎える前だろうから当時24歳
『ミスター味っ子』の主役を演じた実績があるとはいえ声優を初めて3年目の若手
声当てが一つの作品で1人で何役もこなすのは珍しいことではないがこれだけ会話のやり取りがあるのはなかなかお目にかかることはない
この頃からこんなことをやってのけるとは器用な人だ
コナンの役でも子供向けと大人向けで声を変えるが難易度はこっちの方が断然高く感じる
漫画朗読屋という職業はこういうこともするがそれの高級版といえる
ウルスラはともかくキキのような声も出るのね高山みなみ
そういえば彼女の普段の声を聞いたことがない
声優に向いていると言われてこの仕事を始めたらしいからウルスラに近いのかな
少女キキと対照として2人の大人の女性おソノとウルスラが登場する
視覚的に強調する必要性があったためかおソノは臨月の妊婦でウルスラはオッパイが大きい
ウルスラを男と間違えるなんて冗談でしょ爺さん
ウルスラは画家として壁にぶち当たり偉大な画家たちの真似ではなく自分だけの絵を描かねばと悪戦苦闘している姿がキキを奮い立たせた要因の一つかもしれない
ロープを掴む手が耐えきれず落ちてしまうコポリをすんでのところで友情の握手(シェイクハンド)で救うキキ
大歓声の民衆に囲まれるキキとコポリ
この一連の出来事のシーン好き
エンドロールも続き
松任谷由美の選曲が素晴らしい
不思議なことにこの作品にユーミンの歌がよく似合う
ナウシカやラピュタと比較すると何か特にすごいわけではないが鑑賞後の満足感はある意味それら以上
声の配役
箒で空を飛べることを生かして宅急便を始める魔女のキキに高山みなみ
キキの相棒で雄の黒猫のジジに佐久間レイ
キキの住む町に暮らす魔女でキキの母親のコキリに信澤三惠子
キキの住む町に暮らす普通の人間でキキの父親で魔女や妖精の研究をする民俗学者のオキノに三浦浩一
空に憧れ飛行クラブに所属しのちにキキと親しくなる彼女が移り住んだ街に住んでいる眼鏡少年のトンボことコポリに山口勝平
店を手伝うことを条件にキキを住まわせているパン屋「グーチョキパン店」のおかみさんのおソノに戸田恵子
おソノの亭主で無口なパン職人のフクオに山寺宏一
森の中の小屋に住む画家のウルスラに高山みなみ
キキの母コキリにリウマチに効く魔法の薬を作ってもらっている老女のドーラに斉藤昌
パン屋の近所に住んでいるファッションデザイナーのマキに井上喜久子
マキの甥のケットに渕崎ゆり子
ケットの父親に土師孝也
ケットの母親に土井美加
ケットの祖母に浅井淑子
青い屋根の家に住んでいる老婦人に加藤治子
老婦人に仕えている使用人の老婆のバーサに関弘子
老婦人の孫娘に鍵本景子
キキが旅立った夜に出会った占いが得意な先輩魔女に小林優子
コリコの時計塔の番人をしている老人に西村知道
掃除夫に田口昻
トラックの運転手に池水通洋
ホテルのフロント係に辻親八
飛行船『自由の冒険号』の船長に大塚明夫
赤ん坊に坂本千夏
パイを届けられる少女の仲間に津賀有子
パイを届けられる少女の仲間に亀井芳子
女性に丸山裕子
少年に丸山裕子
警官に山寺宏一
アナウンサーに山寺宏一
『IO SONO OSONO』
僕の世代は単純に『かわいい』とか『青春』とか『ファンタジー』だと掛け値なしで称賛出来ない出来事に遭遇している。それは作者自身もそう感じたに違いない。
だから、多くを語れない。
冥福を祈る以外に無い。
さて、作品は『EAGLES』の『Witchy Woman』の様な感じでは全く無い。
荒◯由実さんの『ルージュの伝言』(コバルトアワー)がよく似合うアニメ作品だと思う。
さて、只今『MISSLI◯』収録曲の『海を見◯いた午後』を聞きながら、ハードなチーズケーキと、マンゴージュースを飲んでいる。
追記
かなり♥以前、イタリア語の勉強の為にイタリアのDVDを取り寄せた。規格が違うので『うんともすんとも』でも、気になる点があったからだ。おソノさん。イタリア語版でなんで紹介していたか?である。
私はオソノよ。をイタリア語で 『IO SONO OSONO』だからだ。さて、その後『今更イタリア語やってどうする』と直ぐに飽きてしまって、DVDも断捨離した。
だから、この街がずっとジェノバ辺りだと思っていた。
2024年8月1日午前中。
大連にて。
キキの成長を通して青春を捉える
またTV放映版を観てしまった。宮崎駿作品で一番好きな作品。何度観ても面白くて飽きることがない。それは本作がピュアな青春をピュアに描いているからである。
本作の主人公は13歳の魔女キキ。彼女は、昔からのしきたりに従い黒猫のジジを連れて魔女修行の旅に出る。そして、海沿いの美しい町に辿り着く。見知らぬ町に戸惑いながらもパン屋のオソノに気に入られ、住み込みで働くことになる。そして、ほうきで空を飛べる能力を活かして宅配の仕事を始め、ウルスラ、トンボなどとの交流を通して一歩一歩成長していく・・・。
序盤の魔女修行旅立ちのBGM・ルージュの伝言が心地よい。本作に最適な選曲。キキの旅立ちへの高揚感が伝わってくる。
中盤、キキはジジと会話できなくなる。魔法の力が弱ったからとキキは思うが、魔法の力が復活しても駄目だった。ジジの声は子供には聞こえて大人には聞こえない。キキが大人になった証である。
終盤は、スピード感、スリルがあり、手に汗握る展開。青春を凝縮している。デッキブラシを魔法のほうき代わりにしてキキは友の危機を救おうとする。しかし、デッキブラシはなかなかキキの言うことを聞かない。それでもキキは諦めず懸命にデッキブラシを操ろうとする。我々の青春時代、何もかも思い通りにならず悶々としながらも、諦めず、粘り強く、己の力を信じて頑張った姿を思い出す。キキも同じである。魔法の力は未熟だが、友を救いたいという強い思いで頑張る。諦めない。友は救われる。
最終盤で流れる『優しさに包まれて』も、作品の雰囲気に合致して清々しい気持になる。
キキの最後の台詞、『また落ち込むことがあるかもしれない、でもこの町が好き』に青春を感じる。落ち込むことがあるは、これからも自分より強いものに挑み、もっと成長したいという意思表示。この町が好きは、キキを成長させてくれる町=居場所を見つけたという喜び。
本作は、キキの成長を通して青春を外連味なく捉えた名作である。
久しぶりに観て
地上波で久しぶりに観たが、こんなに良く出来た映画だったんだと改めて感心してしまった。特に感じた三点を以下に。
先ず感じたのは、少女の成長がとても丁寧に描かれていること。旅立つ前とエンディングでは全くの別人なのだが、過程がしっかりしているので違和感が全然ない。
次に感じたのは、トンボを助けるクライマックスシーンの見せ方の上手さ。消防車に道を譲ってからデッキブラシにまたがる流れ、飛べなくなっていたキキが飛行船にたどり着くまでの行程、トンボの腕をキャッチする瞬間の一瞬の静寂。分かっていてもドキドキさせられる。
三点目は音楽と効果音の良さ。音楽はもちろんのこと、突風や鳥の鳴き声、プロペラの回る音も作品の雰囲気に凄くハマっている。観終わってしばらく経ったのだが、作中の色んな曲や音が脳内再生され続けている。
これだけ素直に楽しめて、見終わった後も気分が良い作品はなかなか無い。
「落ち込んだりもしたけれど、私は元気です」、 実は現代の大人の代弁だったのでは
巨匠:宮崎駿監督作品であり、スタジオジブリの地位を確固たるものにした大ヒット作。13歳の少女が魔女の修行として家を出、独り立ちしていく姿を描いた作品です。
魔女の修行というファンタジーで温かみのある冒険劇・・・と思いきや、よく見るとキキが置かれている状況、
「現代の大人でも、仕事の面で同じことを経験しているのでは?」と感じます。
始めてくる人に対する民衆の奇異な目、自分の価値観と違う世界に対する戸惑い、不安、そして手を差し伸べてくれる人々・・・。実は、現代社会で、仕事場において誰もが一度は経験したことではなかろうか。しかし、私たちはその時感じる感情を押し殺していることが多いのではないか?感情任せにぎゃーぎゃー言うのは、たしかに躊躇ってしまう。かといって劇中のキキがぎゃーぎゃー言うてるわけではないのだが、その時感じている思いを表情から、声からちゃんと表現している。13歳だし、そりゃ感情が漏れても仕方ないよねと思ってしまう年齢。だからこそ、ストレートに表現してくれる。
“自分が押し殺しているものを、キキが代弁してくれている”
それって、逆に勇気づけられません?「そうやんなぁ~」と思いながら納得しつつ・・・。そして、ホントにどうしようもなくなった時の解決方法や、悪い事だけやなくて良いこともあるよと思わせてくれるシーン。
たしかに・・・!
この映画、魔女でファンタジーで観やすいアニメ・・・ではなく、大人が仕事で直面することを13歳に置き換え、その都度起こる感情を代弁することで、仕事で頑張る人を応援しているのではなかろうかと、自分は思うのです。
短めで気楽に見られ、幸せな気分で終われる
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