ブレックファースト・オブ・チャンピオンズ

劇場公開日:

解説

自動車販売会社の社長ドウェインは自らCMにも出演する実業家。しかしオフィスでは女装癖のある従業員ハリー、愛人でもある秘書のフランシーヌといった面々と仕事をし、そして家では自殺願望のある妻セリアやゲイの息子バニーとの生活を抱え、ストレスを溜め込んでいた。そんな彼にしても拳銃自殺を考える始末だったが……。アラン・ルドルフがかねてから映画化を希望し、さらに主演のブルース・ウィリスも自らプロデューサーを務めた意欲作。

1999年製作/110分/アメリカ
原題:Breakfast of Champions
劇場公開日:2000年11月3日

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映画レビュー

1.5果敢な挑戦

2020年7月11日
PCから投稿

映画化されているのを知ったとき、そりゃ無理だろうと思ったが、やはり無理だった。個人的に愛読してきた小説だが、世界中に大勢の愛読者がいる。

小説のばあい、コミックの映画化のような事態にはなりにくい。
つまり、小説の映画化は、その出来不出来が、峻烈なクリティクスにさらされることがない。

コミックには絵がある。
その絵が、ファンの頭に焼き付く。
だから再現性が要求される。
誰が演っても公開処刑のようなものである。
で、コミックの実写化におけるファンの攻撃が定例化した。

ジョージロイヒルのスローターハウス5(1972)は映画としても成功をおさめた。が、それでも原作をかさねて見てはいなかった。
小説と映画は別腹だった。
反してコミックの映画化は同腹に入るもの──なのだろう。

──ほんとうにそうだろうか。

ヴォネガットの読者でキルゴアトラウトを知らない者はいない。
それを心底知っているなら、それは二次配布の影響を受けない。
絵になろうと、実写になろうと、こっちは彼の気持ちを心得ているつもりである。

さらに、その原作が、絶対的な普遍性を持っているなら、映像化によって原作が侵犯される──などということは有り得ない。たとえば金閣寺をアニメ化しようと映画化しようとその価値に影響は及ばない。文豪もあの世で笑いながら見るだろう。

ヴォネガットやディックやハインラインや手塚治虫・・・は、その映像化に、新解釈やセカンドオピニオンを据えてさえ、オマージュにしかならない。
優れた作品は侵しようがないからだ。

転じて、コミックファンたちが侵すことを許さない原作ほど、優劣はともかく、それは過性な作品であると思う。

すなわち、それが普遍的で、且つ、それをじぶんなりに消化しているなら、メディアミックスに腹が立たない。
コミックの実写化における日本の風物詩は、そうではないことに因っている。──と思う。

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津次郎
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