劇場公開日 2009年6月20日

劔岳 点の記 : インタビュー

2009年7月1日更新

木村大作監督 インタビュー

CGを一切排したロケ撮影ならではの雄大なショットに圧倒される
CGを一切排したロケ撮影ならではの雄大なショットに圧倒される

──これまで黒澤明監督から始まって、森谷司郎、深作欣二、降旗康男といった名だたる監督と一緒に仕事をされてきましたが、初監督にあたっては誰の影響が最も濃かったですか?

「そりゃあ、黒澤監督の影響が一番多いよ。僕は18歳から30歳まで黒澤組の撮影助手だったからね。僕は黒澤明っていう人は映画の神様だと思ってるわけ。だからしょっちゅう『黒澤さんだったらどうするんだろう』って考えてる。もちろん降旗さん、深作さん、森谷さんからも影響は受けていて、それは臆面もなくいいと思ったところはいただいてるよ(笑)。降旗さんと深作さんが凄いのは役者を説得する能力。僕がいくら大声出したところで、2人にはかなわない。降旗さんなんて、『うふふふ』って笑っただけで、俳優たちを簡単に説得しちゃうんだよ(笑)。

浅野、香川も2年間を、この1作に懸けた
浅野、香川も2年間を、この1作に懸けた

あと今回は、トカゲが門柱を這うシーンがあるんだけど、あそこは完全に今村昌平だよね。今村さんはヘビとかウナギとかああいう爬虫類系が好きだから、よく出てくるじゃない。真似だっていわれるかもしれないんだけど、僕は芦峅寺町のロケハンのときに実際にトカゲが看板を這うところを見たんだよね。だから入れたんだ。もし見てなかったら入れてないよ。

だから、この映画には自分が見たこと、体験したことは出てくるが、聞いたことは撮ってないんだ。もっと言うと、僕は自分が見たこと、体験したことしか演出できないんだよ。そういう意味では、今回は映画を面白くするっていう気は全く考えなかったからね。面白くする気になればいくらでもやり方はあったでしょうけど、イヤだったんだ。だから、僕の最大の演出は、浅野さん、香川さんたち俳優を本物の場所に連れて行って、順撮りで進めたってことだよ。要するにドキュメンタリーの作り方だよね。そうすることによって明治40年を生きていた柴崎芳太郎、宇治長治郎という役柄を浅野さん、香川さんは引きつけることが出来たと思う。自分としては、思い残すことなく撮れた映画だよ」

──撮影前は「最初で最後の監督」ということを言ってましたが、本当に思い残すことはないですか?

「この映画は2年かけて撮ったんだけど、もう1年撮影をやりたかったなあ(笑)。この映画で撮影隊は22カ所の測量点に行ったんだけど、本物の柴崎さんたちは27カ所に行ったんだよね。だから、まだ5カ所に行ってないんだ。自分としてはすべて彼らと同じことをやりたかったんだよ(笑)。

明治の測量隊と同様に27カ所に行きたかったという
明治の測量隊と同様に27カ所に行きたかったという

たしかに、この映画は『ただ一度の監督』ということで始めた。自分の映画人生は『八甲田山』で始まり、『劔岳 点の記』で終わるって言ったわけだよ。本当にそのつもりだったよ。そして、もしこの映画が受け入れられなかったら、自分は本当に映画界からおさらばするつもりだしね。だけど、もし受け入れられたら、人間って弱いからね、一つ通り過ぎると、また欲が出てくるんだよねえ(笑)。まあ、一番の希望は、高倉健主演、降旗康男監督、撮影木村大作っていうところに戻れねえかなあって思ってる。でもお二人はなかなかやらないからねえ。(自分の去就は)今年いっぱいのうちには結論を出すよ」

──本作を完成させて、周囲の反応はどうですか?

「降旗さんは、昨年12月の全国キャンペーンを回る直前の初号を見てくれたんだけど、そのときに『大ちゃん、この映画は47都道府県をキャンペーンでまわったりする必要のない映画じゃないの。ジッと待っていればいいんだよ』って言ってくれた。それは降旗さんにしてみれば最大の誉め言葉だったんじゃないかな。野上照代さんも気に入ってくれて、5回も見てくれた。『大作、見るごとに違った面がある。これは凄いわよ」って言ってくれてね。彼女は黒澤さんと本物の映画作りをしてきたわけだから、そういう人に何かを感じたと言われるのは嬉しいよ、やっぱり」

──内容的に酷い作品が多い昨今の日本映画界の中では、極めて珍しい品のある作品でした。

明治の男たちの気高い精神も描かれる
明治の男たちの気高い精神も描かれる

「結局、監督が一番頑張らないといけないのは、映画に対する精神。昨今の監督はテクニックに走ってるよな。僕らは、黒澤、小津、溝口、成瀬みたいな巨匠の映画をじっと見て育ったわけですから、監督がテクニックに走ってどうするの?って思うわけよ。今は、資本家が、これ作ったら当たるぞみたいなことを言って企画が動くわけでしょ。そして、そういう風潮がどんどん蔓延しているじゃない。だから、今は誰でも監督になれる時代ではある。だけど、黒澤監督なんてみてたら、監督をやろうなんて思わないよ。でも僕は自分でやったわけだけど(笑)、それは2年間で200日も山小屋生活をしながら監督しようなんて人はいないし、みんなごまかすよ。(この映画に出た)俳優たちには感謝だね。2年間これ1本に賭けてくれたんだから。いま慌てていっぱい仕事しているみたいだけど(笑)」

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