フラガール マーク・レスターさんの映画レビュー

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映画レビュー

フラガール

  • 公開日 2006年9月26日
監督:
李相日
脚本:
李相日、羽原大介
撮影:
山本英夫
音楽:
ジェイク・シマブクロ
美術:
種田陽平
製作国:
2006年日本映画
上映時間:
2時間
配給:
シネカノン

(C)2006 BLACK DIAMONDS

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ポータブルDVDによる車内鑑賞レビュー
投稿日:2008年7月14日
マーク・レスターさんのレビュー

印象Pickup
ネタバレ

まず、映画自体の感想を述べる前に、東北の寒村に ハワイ を作ってしまった当時の経営陣に心から敬意を表したいと思う。
炭鉱の閉山によって突きつけられた事業の変革に対して、豊富な温泉資源を活用しての 「常磐温泉センター」 という発想ならたやすくつくだろう。しかし、彼らは常人では思いもつかない付加価値を創出して、恐らく、日本で始めてのテーマパークを作り上げてしまったのです。

     それが 「常磐ハワイアンセンター」 。

 「東京デイズニーランド」 や 「志摩スペイン村」 「ハウステンボス」 なんてものは存在するはずもなく、テーマパークという言葉すらなかった昭和40年に、ハワイを創り上げてしまった彼らのプロデュース能力に大いに感心をしたのです。

ボクはこの一大事業のたったの一側面でしかない 「フラガール」 という限定された世界よりも、事業全体を経営的な観点から語っていく 「プロジェクトX」 にこそ興味を引かれていったのです。
正直に言うと、今作の題名ともなっている 「フラガール」 という一部分から、 「常磐ハワイアンセンター」 の事業全体を感じ取れる瞬間が少しでもあれば良いなと、いわば不純な気持ちで鑑賞を始めていたのです。

しかし、今作を鑑賞していく中で

    【   「内」     ⇔   「外」     の対比と、 
      「第1次産業」 ⇔ 「第3次産業」  という生き方の相違 】

    【 ダンスの振り付けが雄弁に語る、物語進行上における法則性 】

            という2つの側面がボクの興味を刺激していきました。

しょっぱなから、カワイイ女の子たちが福島弁丸出しで自分達のことを 「オレ」 と言うあたりにこの映画の狙いが見えてきました。福島の寒村に住む地元の少女たちと、彼女らをハワイアンダンサーに仕立てるために東京からやって来るダンス教師との ギャップ を、どうやら際立たせたい意向のようです。
「東京」 という記号に対して正反対の存在である、純朴で飾り気のない彼女達の存在が必要だったのでしょう。

ここから顕在化していった 「対比」 という予感は、松雪泰子演じるダンス教師が登場するシーンに象徴的に提示されていきました。
彼女は酒酔いと乗り物酔いによって 「橋」 の上で停滞を演じていくのですが、その場所が境界線を彷彿とさせる川の上であったのです。

 「内 ⇔ 外」 という 「対比」 の関係性で考えると、川の向こう側である 「外」 から ダンス教師はやって来て、川のこちら側の 「内」 で生まれ育った 「オレ」 達 と出会うわけです。 
このように 「内」 なるものと 「外」 なるものの 「対比」 の構図が、 「川」 という記号を軸にして提示されており、以降もこの表現方法は活用されていくことになります。

やがて、この 「内」 と 「外」 とのちょっとしたお約束的な軋轢があり、しかしながら、ダンス教師の踊りを目撃したことで、双方はあっと言う間に一つの方向に向かっていきました。

 “激しい動きの後に、膝を折り仰向けに倒れるように沈み込む。
  長い静寂の後、引き上げられるように膝を支点にして上半身をおこす”

この軋轢を沈静化させた振り付けを、監督がバランスを崩さんばかりのクドさで描いてきたことに対して、ボクは大いに反応をしていきました。 きっと、この振り付けに託された 「思い」 が、物語を推進させる重要な要因となっていくのだろうと直感したのです。

この直感をパフォーマンス系映画にありきたりなストーリーパターンを用いて、独善的に今作の行方を推察すると、

「序盤に軽度な軋轢を敢えて創り、何かのキッカケで雪解けムードとしていく。 (たぶんこの振り付けを含むダンス教師の踊りがそのキッカケとなるのでしょう)
そのことによって、物語は一つの目的に向かって順風満帆に進行していくことになる。
しかしだ、うまくいくように思わせときながら第三者的な要因で今度はより大きな挫折をしかけていくことになる。
その結果、物語進行上の 手痛い停滞 が提示されるのだが、当然のことながら、その障壁も乗り越えていくことになる。
この 手痛い停滞 の克服と、物語上のクライマックス ( おそらく、「常磐ハワイアンセンター」 での初パフォーマンス大成功! となるはずです ) を続けざまに投入してくることによって、
結果的には、より大きな幸福感に包まれた大団円を迎えることになるのだ。」

と、今作はこのように類型的な 「挫折の後の歓喜」 型ストーリーを残念ながらなぞってしまうものと、ボクは早々と断言をしてしまったのです。
そして先ほどの振り付けがこの 「挫折の後の歓喜」 型ストーリーに対して、象徴的な反復運動になるであろうことも、これ見よがしな演出から読み取ってしまったのです。

具体的に言うと、

 「挫折の後の歓喜」  という物語を進行させるキーポイントに
 「静止の後の再始動」 という 「思い」 を感じ取ることができる
                                  この振り付けを

                象徴的に活用してくるはず。 と思ったのです。

「内」 と 「外」 とのちょっとした軋轢を解消したこのシークエンスにおいて、前述の

    【 ダンスの振り付けが雄弁に語る、物語進行上における法則性 】

                               の萌芽を見たのです。

一方、 「対比」 を発展させた、もう1つの鑑賞テーマである、

     【   「内」     ⇔   「外」     の対比と、 
       「第1次産業」 ⇔ 「第3次産業」  という生き方の相違 】

を推進するキーマンがダンス練習場に乱入してきました。それが蒼井優演じる紀美子の母親だったのです。

 「裸踊りでラクして稼ぎたいのなら、てめぇ一人でやれ !」 

とダンス教師に啖呵を切り、

 「ヘラヘラ笑いながら男衆に媚びて、ケツ振ったり、
                         足おっぴろげるもんでねぇ !」

とのセリフを浴びかけるのです。

まさにこの局面にきて、 「内」 と 「外」 の本格的な軋轢となる予感を振り撒いてくれたのです。

そしてこの 「昔気質の炭鉱の女」 による発言で、 「内」 ⇔ 「外」 の対比というものが
 「東京」 ⇔ 「福島」 という単なる地域の対比の枠を超えて、前述の 「プロジェクトX」 的な視野で考えるならば、

      「産業構造の変革」 の問題

                   に拡大されていったことがわかるのです。

農林魚業と同じく自然相手の生産業である炭鉱の仕事も 第1次産業 に分類されるわけで、
一方の 「常磐ハワイアンセンター」 はサービス業の 第3次産業 となるのです。
しかも 「オレ」 達が目指すハワイアンダンサーは サービス業の中でも高度に専門家したエンタテインメントの領域に突入していくことになるのです。
汗水垂らしてコツコツと稼ぐ方法しか知らない 第1次産業 育ちの母親にしてみれば、 第3次産業 の仕事なんぞは (特に エンタテインメント業は) 軽薄で、人に媚びる恥ずべきものであると感じたに違いありません。だからこそ前述のセリフが発せられたのでしょう。

時は昭和40年。アメリカの大規模農場や東南アジアからの安価な木材の流入などがあって 第1次産業 が衰退し、製造業である 第2次産業 やサービス業である 第3次産業 に産業構造が本格的に移行した時代。勿論、炭鉱も中東からの石油という原材料の攻勢にあって、没落の代表選手となってしまったのです。

こんな時代背景を持つ今作の 「内」 ⇔ 「外」 という関係性は、
前述のように 「東京」 ⇔ 「福島」 という単純な地域格差だけではなく、

      「外」 から侵入してきた 「第三次産業」 と

       崩壊していく 「内」 なる 「第一次産業」 

という問題に拡大され、夫々の人生観や価値観の相違へと波紋は広がっていったのです。

中盤、4人しかいなかったメンバーが急増していきます。
炭鉱の縮小による大量解雇がその原因で、収入が無くなったことで新しい食い扶持を求めた娘たちが フラガール に応募してきたのでした。
同じパフォーマンス系映画つながりで胸の内で比較してきた 「ウォーターボーイズ」 と今作とは、ここにきて決定的な違いをみせてきたのです。
「ウォーターボーイズ」 においてもメンバーの増員があるのですが、それはTVのニュースで男のシンクロが扱われたことによるPR効果のたまもので、あくまでも積極的な参加意欲によって増員されたものでした。
それに対して今作は、父親のリストラによって、娘たちが

    生きる手段として

 フラガール を選ばざるを得なかったところに、両者の差異が際立ってきたのです。
昨今におけるパフォーマンス系映画 「ウオーターボーイ」 「スウィングガール」、TV番組でありますが 「のだめカンタービレ」 と比べて今作が圧倒的な深みを持ちえた点が、

    生活をしなくてはならない という側面なのです。

また、リストラの影響で、逆にメンバーの減少も発生することになりました。紀美子の親友である早苗が父親の転籍でこの町を離れていくことになるのです。その離別のシーンにおいても序盤に感じた 「内」 ⇔ 「外」 の関係性が反復訴求されていったのです。
早苗を乗せたトラックが走り去って行く場所、それがどこあろう... 「橋」 であったのです。
「内」 なる存在であった早苗は

    「橋」 を渡って行くことで 「外」 なる者となり、

この地からも、そして映画世界からも姿を消していくことになるのです。

早苗離脱 のくだりは同じく序盤、紀美子の母親の存在で感じた 産業構造の変化 についても考察の種を提供してくれました。
早苗の父親はリストラされた腹立ちにまかせて、第三次産業に従事しようとする娘の晴れ姿に攻撃を加えてしまったのです。
第三次産業の機運を拒絶し、第一次産業に固執していった男が流れ着く先は...  夕張。
その後の夕張炭鉱の閉山、そして自治体の財政破綻を知る者からすると、時代の大流を無視し、反発し、消え去っていく者の哀しさ、憐れさを感じずにはいられませんでした。

さて、いよいよ「常磐ハワイアンセンター」 の開園を目前にして、フラガールたちのキャラバンが始まりました。
公民館などで踊りの実地訓練を行うのと同時に、フラガール達に 「常磐ハワインアンセンター」 の宣伝をさせてくるあたるは流石、日本初の テーマパーク を作り上げた経営陣。

    ナイスなプロモーションです。

コンテンツのブラッシュアップとプロジェクトのPRを同時に叶えていくプロデュース能力の高さに、再び感服致しました。
やっぱり フラガール という一側面だけではなく、 「常磐ハワイアンセンター」 をリリースしていくもっと巨視的なドキュメンタリー映画を観たいものだと再確認をしたのでした。



↓制限文字数では完結せず、完成版はこちらまで

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