読み込み中...
★「となりのトトロ」はどこが面白い?.ジブリ映画はほとんど見てます。ジブリ作品は基本的に「自然と人間の共生」がテーマだと思うんです。長くなるので、次の段落は飛ばしていただいて構いません。「自然と人間の共生」の流れは、大体がこんな感じ。初めは自然か人間かのどちらかの力が圧倒する。しかし、とある事件でお互いの力が均衡・尊重し合い、めでたしめでたし、で終わり。・風の谷のナウシカ→腐海=自然が人間を圧倒するが、腐海は人間が出した毒を正常化してることがわかる。ナウシカは自然と人間の仲介者の役割を演じる。・天空の城ラピュタ→メインは冒険ものだが、玉座の間での会話が核。ラピュタは科学=人間で圧倒したが、結局滅びる。やっぱ自然との共生が一番だね。・となりのトトロ→???・魔女の宅急便→キキ=自然が大都会=人間に住み着くが慣れずに力が低下。トンボを助けて力を取り戻す。エンディングで仲良く街で住み慣れ、共生完成。・紅の豚→面白くなく、1回しか見てないので思い出せません。・平成狸合戦ぽんぽこ→テーマがそのまんま・耳をすませば→原作が別人で少女漫画なので、テーマなし。・もののけ姫→ナウシカと全く同じ内容・千と千尋の神隠し→自然=八百万の神の中に、ポツンと放り込まれた人間=千尋。特に名前を奪うシーンは、自然>人間の象徴。色々な暗喩が隠されている。・猫の恩返し→耳をすませばの続編?・ハウルの動く城→原作が別人。・ゲド戦記→原作が別人。・ポニョ→まだ見てません。てな感じで、「自然<人間」「自然>人間」になるが後に修復・調和で共生完成ですが、となりのトトロだけが、何を言いたかったのかが解かりません。「トトロ=自然の象徴」だけは解かるのですが、そのトトロと戯れ遊んだだけ・・・。裏に何が隠されているのでしょうか?あの2人の死亡説は知ってます。「こんな自然に囲まれた場所で住んでみたいね」だけでしょうか?よろしくお願いします。
質問日時: 2009/08/25 19:32:45
解決日時: 2009/08/29 20:29:01
言わんとしていることわかります。私も、ジブリの初期中期の作品で、トトロと紅豚だけは、それほど書きたいテーマが伝わってこず、物語としても(他作品と比べて)起伏に乏しい。なんだか監督のやりたいことだけを放出したような自己満足作品のような印象を受けました。コナンやカリオストロ以降、商業的エンターテインメント作品(ラピュタなんかその最たるものではないでしょうか)に徹してきて。とりあえず宮崎アニメとしてのブランドと自身の地位が固まってきたころあいでも有り、ここら辺で、サービス精神抜きにして、自分のやりたいことをやってみたかったんではないでしょうか。また、この2本に関して共通するのは、基本的に両方とも悪人が存在しない。少なくとも成人向けのエンターテインメントを主眼とした映画や小説のベーシックなセオリーは、物語に主人公に対立させる悪人やライバルを登場させること。例え非現実的であっても、それが無ければ物足りない脚本となります。トトロには善人しか登場しません。紅豚も悪漢やライバルは登場しますが、最終的にはみんな良い人になってしまいます。個人的には、このあたりが物足りない原因かな?なんて思ったりしています。何かのインタビューで読みましたが、宮崎監督は、当時から世界に発信できる作品を製作することを常々志しており、世界に発信するなら日本をテーマ・舞台にした作品を作ることが悲願であるともらしておりました。トトロはそうした監督の希望と野望を込めた作品なのだそうです。すなわち、ありし良き日の日本の原風景が舞台。牧歌的な雰囲気。純粋無垢な子供が主人公。悪人はだれも登場しない。メイちゃんの失踪というクライマックスは描かれますが、だからどうしたの?位の印象しか受けません。これは、監督が物語を描きたいからではなく、日本の自然風景が描きたかったからなのではないでしょうか。紅豚も物語が中途半端に終わっているように感じるのも、監督がストーリーに重視を置いたわけではなく、クラシックなプロペラ機が大空を飛び、迫力あるドッグファイトを行うところが描きたかっただけのような印象を受けます。その意味で、最初に述べた自己満足作品。しかしながら時代もあいまって、こうした癒しともいえる映像作品が最高収益を上げたわけですから、意図に即したか反したかは別として、先見の明はあったわけですね。
注)Yahoo!知恵袋内の情報を検索した結果を表示しております。