「トラフィック」が凄い3つの理由
1.群像ドラマ2.独自の映像感覚3.人脈総論
小西未来

通常の映画の場合、観客は物語を通じて1人、または数人の主人公に同化していく。しかし、キャラクターが多数登場する群像劇だと、それは困難になる。やっと1人のキャラクターに感情移入したかと思うと、つぎのキャラクターに話が移ってしまうからだ。登場人物を多く登場させればそれだけ広大なキャンパスを描くことができるが、散漫になって観客に飽きられてしまう危険性が高いのだ。だから、群像ドラマを作る場合、1人1人の登場人物をリアルで魅力的なものにしなくてはならない、とポール・トーマス・アンダーソン監督(「ブギー・ナイツ」「マグノリア」)も語っていた。

さて、「トラフィック」はどうだろうか。政治家、刑事、主婦、高校生、売人、刑事といった、実生活では接点のない人が「麻薬密売ルート=トラフィック」という糸でつながっている。それぞれのキャラクターはリアルで、各ストーリーが絡まっていく緊張感は見事としか言いようがない。群像劇のお手本というと、決まってロバート・アルトマン監督の「ナッシュビル」の名前があがるが、「トラフィック」は決して劣っていない(少なくとも登場人物の数では勝っている。「ナッシュビル」の24人に対し、「トラフィック」ではセリフのある役が100人以上もいるのだ)。
驚きなのは、アルトマン監督やアンダーソン監督が群像ドラマのベテランであるのに対し、ソダーバーグ監督は素人だったという点である。いくら才能のある監督とはいえ、未経験でここまでクオリティの高い作品を生み出せるはずがない。そう思ってソダーバーグ監督の過去の作品を見直してみると、ある重要な共通点が浮かび上がる。それこそジャンルもテーマもばらばらなフィルモグラフィーだが、すべて「キャラクター主導型」映画なのだ。「エリン・ブロコビッチ」にしても「KAFKA」にしても、その主人公についての映画だった。映画のなかには、メッセージを全面に押し出した「テーマ主導型」もあるが、ソダーバーグ監督の作品はすべて登場人物とその生き様を描いた映画なのである。つまりキャラクターを魅力的に描くことにかけて、ソダーバーグ監督は大ベテランで、「トラフィック」ではその登場人物を増やしただけなのだ。>> NEXT
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