劇場公開日 2001年4月28日

トラフィック : 特集

2001年4月2日更新

今年のアカデミー賞で、見事4部門(監督賞・脚色賞・助演男優賞・編集賞)に輝いた「トラフィック」。とりわけ、スティーブン・ソダーバーグの監督賞については編集部も大いに驚いたが、同時に、最も納得できる結果であったというのが本音である。一見地味に見えがちなこの作品が、オスカー授賞式以降、一挙に春の超話題作に浮上したことはとても喜ばしい。2時間28分という長尺。低予算。ビッグスターの不在。麻薬組織という反社会的なモチーフ……。“エンターテインメント”と割り切るにはあまりにネガティブな要因に満ちていながら、それでも堂々4個のオスカーを獲得したことには、もちろん確固たる理由がある。そこで今回の特集では、この映画のどこが凄いのか、ロサンゼルス在住の映画ジャーナリスト小西未来氏にたっぷり解説していただいた。必読である。(文:小西未来

「トラフィック」が凄い3つの理由

【その1】群像ドラマ

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「トラフィック」には主役が存在しない。物語を引っ張るキャラクターが10人以上いて、マイケル・ダグラスやキャサリン・ゼダ=ジョーンズらスター俳優が演じる役も、ドン・チードルやベニチオ・デル・トロなど個性派俳優が演じるキャラクターも、同等に不可欠な存在なのである。メキシコ人刑事を演じたデル・トロを主役とみなす向きもあるが──全米俳優組合賞で主演男優賞部門にノミネートされ、受賞している──出演時間は決して長くはない(彼のキャラクターが映画の精神的支柱となっていることは確かだが)。そういう意味でも、「トラフィック」は完全なアンサンブル映画なのである。

通常の映画の場合、観客は物語を通じて1人、または数人の主人公に同化していく。しかし、キャラクターが多数登場する群像劇だと、それは困難になる。やっと1人のキャラクターに感情移入したかと思うと、つぎのキャラクターに話が移ってしまうからだ。登場人物を多く登場させればそれだけ広大なキャンパスを描くことができるが、散漫になって観客に飽きられてしまう危険性が高いのだ。だから、群像ドラマを作る場合、1人1人の登場人物をリアルで魅力的なものにしなくてはならない、とポール・トーマス・アンダーソン監督(「ブギー・ナイツ」「マグノリア」)も語っていた。

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さて、「トラフィック」はどうだろうか。政治家、刑事、主婦、高校生、売人、刑事といった、実生活では接点のない人が「麻薬密売ルート=トラフィック」という糸でつながっている。それぞれのキャラクターはリアルで、各ストーリーが絡まっていく緊張感は見事としか言いようがない。群像劇のお手本というと、決まってロバート・アルトマン監督の「ナッシュビル」の名前があがるが、「トラフィック」は決して劣っていない(少なくとも登場人物の数では勝っている。「ナッシュビル」の24人に対し、「トラフィック」ではセリフのある役が100人以上もいるのだ)。

驚きなのは、アルトマン監督やアンダーソン監督が群像ドラマのベテランであるのに対し、ソダーバーグ監督は素人だったという点である。いくら才能のある監督とはいえ、未経験でここまでクオリティの高い作品を生み出せるはずがない。そう思ってソダーバーグ監督の過去の作品を見直してみると、ある重要な共通点が浮かび上がる。それこそジャンルもテーマもばらばらなフィルモグラフィーだが、すべて「キャラクター主導型」映画なのだ。「エリン・ブロコビッチ」にしても「KAFKA」にしても、その主人公についての映画だった。映画のなかには、メッセージを全面に押し出した「テーマ主導型」もあるが、ソダーバーグ監督の作品はすべて登場人物とその生き様を描いた映画なのである。つまりキャラクターを魅力的に描くことにかけて、ソダーバーグ監督は大ベテランで、「トラフィック」ではその登場人物を増やしただけなのだ。

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