
イントロダクション
編集部
1897年にH・G・ウェルズが発表したSF小説「透明人間」は、1933年にハリウッドで初めて映画化されている。以来、この“人間の透明化”というモチーフは、各国で映画やTVシリーズとなり、それなりの人気を博していく。しかし一連の透明人間作品には、大ヒットしたもの、あるいは名作と呼ばれるものは少なく、92年のチェビー・チェイス主演「透明人間」を最後に、ハリウッドは透明人間を葬り去ったかに思われていた。
映画に登場するティピカルな透明人間は、どこか哀愁を帯びた科学者で、顔を包帯でぐるぐる巻きにし、サングラスを着用しているというのが一般的である。そしてキャラクター的には、ヒーローでもなく、モンスターでもない、半端なものが多かった。非常に分かりやすいモチーフでありながら、「透明状態」の演出方法やキャラクターの性格付けという面で、「透明人間」ネタは行き詰まっていた。
そして、今回の「インビジブル」である。この作品のプロデューサー(ダグラス・ウィック)は、もともとこの企画を89年頃から暖めていたらしいが、ハリウッドにおけるVFX(ビジュアル・エフェクト)の著しい技術革新を追い風に、この普遍的なモキャラクターを、今改めて映画化することに成功した。

今度の透明人間は、悪人である。体が見えないことを良いことに、同僚の身体を触りまくったり、隣人の女性宅に忍び込んでレイプを企むという“女の敵”なのである。そして、こいつと戦う善玉は、彼の同僚であり昔のガールフレンドだった女科学者という設定。「もし、自分の身体が透明だったら?」という仮定に、男の子なら誰もが思いつくセクシャルな空想をダイレクトにあてはめ、正義感の強いタフな女がこれと戦うという勧善懲悪の図式。勢い、物語は「女ダイ・ハード」という展開になっていくのがご愛敬ではあるのだが、その辺の潔さと、最新のVFXがこの映画の分かりやすさであろう。
そんなテーマにフィットしたポール・バーホーベン監督(インタビューはこちら)とともに、透明悪人を演じたケビン・ベーコンが秀逸。久々の当たり役である。


