コラム:21世紀的亜細亜電影事情 - 第15回

2014年12月2日更新

21世紀的亜細亜電影事情

第15回:大陸からの圧力か?映画賞「金馬奨」授賞結果に台湾人の不満が噴出

「台湾映画が賞を逃したのは、中国が圧力をかけたからではないか」、「あの香港人俳優は中国当局に目を付けられたらしい」──。巨大市場・中国を前に、香港と台湾の映画界が揺れている。

11月下旬に発表された台湾の映画賞「金馬奨」。中華圏で最も歴史が長く権威ある賞の一つで、今年で51回目を迎えた。今回は最優秀作品賞候補にアン・ホイ(許鞍華)監督の歴史大作「黄金時代」、2月のベルリン国際映画祭でグランプリと主演男優賞を獲得した「薄氷の殺人(原題:白日焰火)」など、中国、香港、台湾などの話題作が集まった。

「薄氷の殺人」
「薄氷の殺人」

中でも注目を集めたのは、地元台湾で大ヒットした高校野球映画「KANO 1931 海の向こうの甲子園」だった。1931年、日本統治時代の台湾で、弱小チームの嘉義農林野球部が日本人監督に率いられ、甲子園で準優勝した実話をベースにしている。漢民族、日本人、原住民と異なる民族が力を合わせ、友情を育む様子が描かれた。台湾では2月に公開されて大ヒットし、秋にはアンコール上映されるなど根強い人気を保ってきた。今回の金馬奨でも作品賞、新人監督賞、新人俳優賞など6部門で候補に。監督役の永瀬正敏は日本人として初めて主演男優賞候補になるなど、受賞への期待が高まっていた。

ところが、ふたを開けてみれば「KANO」は主要部門で賞を獲れなかった。作品賞など最多6部門を制したロウ・イエ(婁燁)監督の「推拿」、新人監督賞、主演・助演男優賞の3賞を獲得したチェン・ジェンビン(陳建斌)など、中国勢の活躍が目立った。この結果にインターネット上には台湾人の不満が噴出。審査員長が中国出身の女優ジョアン・チェン(陳冲)だったため、「中国が審査員に圧力をかけたのではないか」と憶測が広がった。執行委員賞の女優シルビア・チャン(張艾嘉)が賞の発表前、台湾人審査員に向け「彼らは命の危険を冒して投票しました」と謝意を表明したことも、“疑惑”に輪をかけた。

これに対しジョアン・チェンは、外部からの圧力を全面的に否定。シルビア・チャンも「金馬奨は最も公平な映画賞だ」と火消しに走ったが、映画ファンの疑いは収まらない。さらに騒動に火を注いだのが、中国の女優コン・リー(鞏俐)だった。主演女優賞を逃した後、代理人を通じて「金馬奨の選考は不公平で、プロフェッショナルと思えない。もう二度と参加しない」と痛烈に批判。審査員団との確執がささやかれるなど、映画界全体を巻き込んだ騒動に発展した。

「KANO 1931 海の向こうの甲子園」
「KANO 1931 海の向こうの甲子園」

中国語に「封殺」という言葉がある。「中国当局が俳優を『封殺』した」、「ネット上でタレントのつぶやきが『封殺』された」──ある人間の発言や姿勢を中国当局が問題視し、ブラックリストに載せ、製作会社やメディアに圧力をかけて「干す」ことを指す。台湾の親中系メディアに「日本に媚びている」と批判された「KANO」も、中国当局に「封殺」されたのではないか。審査委員長のジョアン・チェンが、9月のベネチア国際映画祭で第2次世界大戦をめぐり「日本は遺憾の意を示したことさえない」と発言したことも、「KANO」無冠の背景にあるのではないか──人々の疑念は深まるばかりだ。

一方、香港映画界でも「封殺」が話題となっている。行政長官選挙制度改革をめぐり、学生ら民主派が中心部の占拠を初めて2カ月。運動に支持を表明した俳優が、中国当局の「封殺」対象になっている。フェイスブックで学生を支持し、国営新華社から名指しで糾弾されたアンソニー・ウォン(黄秋生)は、中国向けのポスターなどから顔と名前が消された。ネットには中国当局が作成したとされる香港芸能人のブラックリストが出回り、トニー・レオン(梁朝偉)、チャップマン・トー(杜汶沢)、ニック・チョン(張家輝)ら人気俳優の名前が並ぶ。

中国というドル箱市場をにらみ、香港や台湾の映画人は発言に気を使わざるを得ない。表現の自由とビジネスの狭間で、難しいかじ取りを迫られている。

筆者紹介

遠海安のコラム

遠海安(とおみ・あん)。全国紙記者を経てフリー。インドネシア(ジャカルタ)2年、マレーシア(クアラルンプール)2年、中国広州・香港・台湾で計3年在住。中国語・インドネシア(マレー)語・スワヒリ語・英語使い。「映画の森」主宰。

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