
「レミーのおいしいレストラン」日本公開は7月28日フランス料理のコックになることを夢見るネズミの物語――。ピクサーの最新作「レミーのおいしいレストラン」のあらすじを初めて聞いたとき、正直ぴんと来なかった。ネズミは不衛生の象徴だから、レストラン厨房という環境にネズミを置けば、ストーリー作りに必要な葛藤が自ずと生まれることは理解できた。とびっきりグルメなネズミが、厳戒態勢の厨房に潜入を計るという、コミカルでスリリングな場面が脳裏に浮かぶものの、大人の鑑賞に堪えられるだけの作品に発展できるとはどうしても思えなかった。とくに、「カーズ」でピクサーへの信頼が揺らいでしまったあとでは。

おなじみのキャラクターが並ぶピクサー社内の風景
先月「レミーのおいしいレストラン」の先行取材でピクサーを訪問したときも――なんと、今回で6回目の見学である――不安を拭えずにいた。しかし、それもピクサーの試写室で、フッテージを観るまでのことだった。映画は6月29日の全米公開に向けて急ピッチで仕上げが進められている最中だったが、前半の50分間だけ見せてもらえることになった。
映画は、ぼくが想像していたものとはまったく別次元の作品だった。優れた味覚を持ったネズミと料理ベタの見習いコックとの友情物語を中心に、複数のサブストーリーが絡み合う重層的な構成で、幻想的でロマンティックな世界観から、計算し尽くされたカメラワークまですべてが一級品だった。しかも、その核には、“才能を発揮させてもらえない環境にいる主人公が、ついにそのチャンスを得る”という、ハートに満ちた物語があるのだ。ここらへんは、ブラッド・バード監督の前作「Mr.インクレディブル」と同じで、自身がクリエイターとして不遇な時期を長く過ごしたことが関係しているのかもしれない。

「レミー」のポスターやイメージ画が社内随所に
ぼくがなにより感心したのは、主人公のレミーがネズミらしく描かれている点だ。レミーはほかのネズミとは会話ができるが、人間とは言葉を交わすことができない。人間との交流シーンが多いだけに、人間語が話せるという設定にしたほうがよっぽど楽にストーリーを展開できたはずなのに、バード監督はあえて難しい道を選び、見事に成功させている(師匠グストーとレミーとの交流場面では、天才的なひらめきで言語の問題を解決している)。擬人化を最低限に止めたおかげで、レミーはあくまで嫌われもののネズミであり、そんな対象に共感を抱かせてしまうところが、バード監督のストーリーテリング術のすごさなのだ。傑作揃いのピクサー映画のなかでも、個人的には「Mr.インクレディブル」が最高傑作だと信じているのだが、前半を観たかぎり、「レミーのおいしいレストラン」は、それを超える可能性をじゅうぶん持ち合わせていると思う。バード監督自身が「物語が終わりに近づくにつれて、さらに面白くなるよ」と断言していたことだし、期待して良さそうだ。
