コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第32回

2011年12月27日更新

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、毎月、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「突然炎のごとく」

後の映画に大きな影響を与えたトリュフォーの長編第3作
後の映画に大きな影響を与えたトリュフォーの長編第3作

映画を見た観客が、すっかりその気になっていた。激しく影響を受け、映画の真似をしようとしていた。登場人物に感情移入するだけではなく、映画に描かれた生活をそっくりコピーしようとしたのだ。

嘘だと思うだろうが、1960年代にあった本当の話だ。日本での公開は64年1月だが、60年代の終わりまで影響は顕著だった。ふたりの男とひとりの女。なんだ、三角関係の映画か、などとまとめられては困る。「突然炎のごとく」がなかったら、「俺たちに明日はない」や「明日に向って撃て!」は生まれていない。そう言い切っても、過言ではない。

映画は1912年のパリからはじまる。ジュール(オスカー・ウェルナー)は内気なオーストリア人の青年だ。ジム(アンリ・セール)は抜け目のないパリっ子だ。ふたりは友人になる。頭のなかは文学と女でいっぱいだが、女を都合できるのはジムのほうだけだ。

そんなふたりがカトリーヌ(ジャンヌ・モロー)という女に出会う。カトリーヌはミステリアスな女だ。軽はずみなくらい情熱的で、理解されることを拒み、時間に侵食されず、しかしどこか悲劇の匂いを漂わせている。ジュールにいわせると「美人でも聡明でも誠実でもないが、すべての男が欲しがる女」ということになる。

そんな3人の25年にもおよぶ関係を、撮影当時29歳だったトリュフォーは、みごとなタッチで織り上げていく。手持キャメラを生かした撮影、跳躍する編集、耳に残る音楽。カトリーヌは舞い、男たちは嬉しげに翻弄されつつ、気づかぬうちに危うい斜面を滑りはじめる。いや、彼らは気づいていたにちがいない。それと承知しつつ、彼らは悲劇を引き受けていく。作家のトップスピードと時代のトップスピードが一致すると、こういう佳作の生まれることがある。
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突然炎のごとく

BSプレミアム 1月17日(火) 13:00~14:47

原題:Jules et Jim
監督:フランソワ・トリュフォー
脚本:フランソワ・トリュフォージャン・グリュオー
原作:アンリ・ピエール・ロシェ
撮影:ラウール・クタール
出演:ジャンヌ・モローオスカー・ウェルナーアンリ・セール
1962年フランス映画/1時間47分

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「狼/男たちの挽歌・最終章」

ジョン・ウーの美学が詰まった香港時代の代表作
ジョン・ウーの美学が詰まった香港時代の代表作

広東語の題が「喋血雙雄」、英語の題が「ザ・キラー」、そして邦題が「狼/男たちの挽歌・最終章」。主人公の名前が広東語では小荘(アジョン)なのに、字幕ではジェフリーになったり、ジョンになったり。

まぎらわしい裏話にはこと欠かない映画だが、1990年代の冒頭に「狼」と出会ったとき、私の脈拍数は一気に跳ね上がった。

なにしろ、アクションの爆発力が凄い。速くて、切れがよくて、破壊力もある。ボクサーでいうなら、スピードとパワーを兼ね備えた稀有な戦士だろうか。とりわけ、主役の殺し屋アジョンを演じたチョウ・ユンファの男っぷりのよさは際立っていた。

ユンファは丸顔だ。満月のように丸く、凄んでいる顔よりも、明るい笑顔のほうが記憶に残る。身体も固太りなのに、動きの速さは眼を奪う。かっこいい東洋人だ、と私は思った。突っ込みたくなる場面もある映画だが、公開当時の鮮度は断じて軽視すべきではない。

話自体は、どちらかといえば単純だ。敵同士の殺し屋アジョンと刑事リー(ダニー・リー)が、ひと目で惹かれ合う。男心に男が惚れて、というお約束のパターンだが、銃撃戦に巻き込まれて失明しかけた女歌手(サリー・イップ)がそこにからんでくる。

チョウ・ユンファの存在もさることながら、映画のエンジンは、なんといってもジョン・ウーの演出力だろう。剛球投手に見えて、ウーは変化球の使い方が実に巧い。一説に120個ともいわれる死体を転がし、2つの場面だけで6000発ともいわれる薬莢を宙にばらまきながら、ウーはみごとな振付でアクション・シーンをさばいてみせる。しかも、コーナーを巧みに衝く制球力が抜群だ。鳩も教会も病院も、至近距離で銃口を突きつけ合うメキシカン・シュートアウトも、いまではウーのトレードマークとして知られている。
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狼/男たちの挽歌・最終章

WOWOW 1月4日(水) 21:00~22:53

原題:喋地雙雄
監督・脚本:ジョン・ウー
製作:ツイ・ハーク
撮影:ウォン・ウィンハン、ピーター・パオ
出演:チョウ・ユンファサリー・イップダニー・リー、シン・フイオン
1989年香港映画/1時間52分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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