コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第24回

2011年5月30日更新

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、2週間に1度、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「ブリット」

「ダーティハリー」「フレンチ・コネクション」 の先駆けとなった刑事アクション映画の金字塔
「ダーティハリー」「フレンチ・コネクション」 の先駆けとなった刑事アクション映画の金字塔

ブリット」の脚本には穴が多い。40年以上前に封切で見たときにそう思ったが、いま見直しても、ところどころ話がつながらなくて閉口してしまうときがある。組織の裏切り者が司法取引に従って証言台に立つという設定までは明快なのだが、男の替え玉が出てきたり、政治家が七面倒な工作をしはじめたりすると、話のポイントがふらふらと揺れはじめる。筋書を真剣に追う観客なら、フラストレーションを覚えるのではないか。

にもかかわらず、「ブリット」には映画的握力がある。最大の理由は映像の運動感だ。これが監督第2作のピーター・イエーツは、撮影開始の前に軽量アリフレックスの導入をワーナー映画にリクエストしている。

成果は、サンフランシスコの急な坂道をフルに生かしたカーチェイスや、空港の滑走路を走りまわる追跡劇に表れた。公開40年後のいまも、迫力は失せていない。深作欣二作品やサム・ライミ映画の混沌とした臨場感とは別物だが、ここでのスピード感はやはり手持キャメラの産物というべきだろう。

スピード感はキャメラのみがもたらしたものではなかった。なんといっても、スティーブ・マックィーンの肉体がブリット警部補の役柄にぴたりと嵌まっているのだ。ハンフリー・ボガートポール・ニューマンもそうだったが、芸域のあまり広くないスターは、自分の柄や生理にマッチした役に出会うと、文字どおり水を得た魚となる。

この映画のマックィーンも、タイトでクールだ。無口なタフガイという設定は「突撃隊」や「大脱走」でもお馴染みだが、「ブリット」は中期マックィーンの代表作といってよいだろう。ベースを生かしたラロ・シフリンの音楽も、主人公の脈拍や街の波動を観客に伝える橋渡しの役目を担っている。

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ブリット

NHK BSプレミアム 6月3日(金) 13:00~14:55

原題:Bullitt
監督:ピーター・イエーツ
音楽:ラロ・シフリン
出演:スティーブ・マックィーンロバート・ボーンジャクリーン・ビセットロバート・デュバル
1968年アメリカ映画/1時間54分

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「パピヨン」

何度投獄されても絶対に諦めない パピヨン(マックィーン)
何度投獄されても絶対に諦めない パピヨン(マックィーン)

なんだ、ポップコーン・ムービーと思って見ればよいのか。映画が半分近くまで進んだところで、私はやっと気づいた。気づくのが遅すぎるといわれればそれまでだが、「パピヨン」は、けっこうシリアスな気合を漂わせて幕を開けるのだ。

舞台は1930年代初頭のフランス領ギアナである。当時のフランス政府は、ギアナの沖合に浮かぶ孤島を監獄として用いていた。環境はもちろん劣悪。周囲を速い潮流と鮫に守られている監獄島を脱出するのは、まず不可能といってよい。

が、映画の主人公パピヨン(スティーブ・マックィーン)は脱獄に挑んだ。無実の罪を着せられていたのに我慢ならなかったこともあったが、彼には自由への激しい意志があった。彼は囚人仲間のドガ(ダスティン・ホフマン)にも声をかける。国債偽造のかどで逮捕されたドガは、金と知恵こそ豊かだが、パピヨンほどの勇気と体力は持っていない。

とまあそんなわけで、パピヨンは執拗に脱獄を試みる。看守を倒し、ボートで荒波を越え、一時は隣国のホンジュラスにまでたどりつくが、結局は元の木阿弥で監獄島に送還されてしまうのだ。

監督のフランクリン・J・シャフナーは、そんなプロセスを坦々と描く。よくもまあ飽きずに、と嫌味のひとつもつぶやきたくなるほど一本調子なのだが、それでも彼のロングショットは悪くない。「パットン大戦車軍団」の迫力と狂気には及ばないものの、映画の流れに身を任せていれば2時間半の上映時間は滞りなく流れていく。ただ、スリリングな気配と脇役の充実は、さすがにもう少し欲しい。脱獄映画に点の甘い私も、ときおり映画に鞭を入れたくなってしまった。

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パピヨン

BSプレミアム 6月1日(水) 13:00~15:32

原題:Papillon
監督:フランクリン・J・シャフナー
脚本:ドルトン・トランボ、ロレンツォ・センブル・Jr.
音楽:ジェリー・ゴールドスミス
出演:スティーブ・マックィーンダスティン・ホフマンロバート・デマン
1973年アメリカ、フランス合作/2時間31分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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