「THIS IS IT」「悲しみは空の彼方に」 : 芝山幹郎 テレビもあるよ

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コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第1回

2010年6月11日更新

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、これから月に2回、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していきたいと思う。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「THIS IS IT」

画像1 (C) 2009 The Michael Jackson Company, LLC.
All Rights Reserved. (C) 2009 Columbia Pictures
Industries, Inc. All Rights Reserved.
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マイケル・ジャクソンは怒らない。

怒りを抑圧しているのでもなく、怒れないのでもない。薬物を用いて怒りをコントロールしている気配も感じられない。実に奇妙で実にシンプルな話だが、彼は映画のなかで一度も怒りを露わにしなかったのだ。

映画とは「THIS IS IT」だ。いうまでもなく、この映画は2009年の秋から冬にかけて、全世界でスリーパー的なヒットとなった。

マイケル・ジャクソンには衰弱説が流れていた。体重が50キロ前後に減少し、歩行もままならないという噂が飛びかった。09年夏に予定されていたロンドンでのラスト・ショーも、実現を危ぶむ声が高かった。

そんな彼のリハーサル風景を撮った映画が「THIS IS IT」だ。期間は同じ年の4月から6月にかけて。映像も音響も、この映画の技術的水準は高い。が、マイケルの肉体水準は、技術の水準を超える。先にも述べたが、彼は穏やかだ。クルーに対して声を荒らげることも、皮肉や嫌味をこぼすこともない。踊り手としてのマイケル、歌い手としてのマイケルをショーの一部に難なく溶かし込む一方で、彼の姿はショーの作家兼演出家として、舞台全域を大きな雲のように覆う。

痩せ衰えたマイケルに、なぜそれが可能だったのか。いや、痩せてはいたが、彼は衰えていなかった。踊りの切れや速度は他のダンサーたちに劣っていなかったし、歌声も力強かった。そしてなによりも、彼は優雅で穏やかなアーティストだった。もしショーが完成していたら……と映画を見た人は残らず夢想したはずだ。だからこそ、この映画は引力を持った。素材自体はリハーサル風景の撮影にすぎないが、そこにはマイケル・ジャクソンという謎の肉体の断面がくっきりと示されていた。謎から感銘までの距離は、意外に短い。

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THIS IS IT

6月26日(土) WOWOW 19:00~

原題:This is It
監督:ケニー・オルテガ
出演:マイケル・ジャクソン
2009年アメリカ映画/1時間51分

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「悲しみは空の彼方に」

ラナ・ターナー(左)とジョン・ギャビン ラナ・ターナー(左)とジョン・ギャビン Photo:Album/アフロ [拡大画像]

この映画は羊の皮をかぶった狼だ。いや、ファミリーカーの皮をかぶったスポーツカーと言い換えたほうが適切か。

悲しみは空の彼方に」を見ると、こんな比喩を持ち出したくなる。この映画は、それほど速い。速くてカラフルで力強い。排気量が大きくて足まわりがよく、立ち上がりの速度やコーナリングのきわどさに優れている。メロドラマの皮をかぶりつつ、とんでもない地平へ観客を連れていくような気がする。

映画の舞台は、第2次大戦後のニューヨークだ。主な登場人物は、それぞれに娘を抱えたふたりのシングルマザー。一方は女優志願のローラ(ラナ・ターナー)という白人で、他方はメイド暮らしをしているアニー(ファニータ・ムーア)という黒人だ。

子連れのふたりは、狭いアパートで同居をはじめる。暮らしは貧しく、ローラはショービズの世界の汚さに傷つき、アニーは人種差別に傷つく。そして、アニーの娘サラ=ジェーンは父親が白人のため、黒人に見えない。これが母娘の間をややこしくする。
やがてローラが女優として売れはじめる。時は流れ、10年後の1958年へと飛ぶ。ローラは裕福に暮らし、アニーは相変わらず彼女の家で働いている。だが話の主人公は、いつしかアニー母娘へとシフトされていく。

監督のダグラス・サークは、思い切った荒技を駆使して、ガラス玉がこすれ合うような4人の関係を描き出していく。水色や桃色や薄紫色を大胆に配した色彩設計。鏡の映像を引き出すための強引なパン撮影。あられもなく情感を盛り上げる劇伴音楽。ローラと男たちとのやりとりや母と娘の別れの場面など、どう考えても白けそうなところなのに、この映画ではなぜか胸を打つ。それは、映画の根底に沈着な観察や痛烈な視線が潜んでいるからだ。しかもサークは、その視線を華麗で優雅でふくみ笑いを浮かべた器に盛ってみせる。なんとも剛胆な荒技ではないか。公開当時、サークは59歳。ハリウッドで撮った映画はこれが最後になった。

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悲しみは空の彼方に

6月28日(月) NHK衛星第2 13:00~

原題:Imitation of Life
監督:ダグラス・サーク
出演:ラナ・ターナージョン・ギャビンサンドラ・ディースーザン・コーナーロバート・アルダ
1959年アメリカ映画/2時間4分

[筆者紹介]

芝山幹郎

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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