「フレンチアルプスで起きたこと」と巧みなクリンチワーク : 芝山幹郎  娯楽映画 ロスト&ファウンド (2)

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コラム:芝山幹郎  娯楽映画 ロスト&ファウンド - 第11回

2015年7月4日更新

第11回:「フレンチアルプスで起きたこと」と巧みなクリンチワーク

私はここで、似た映像を思い出した。ガエル・ガルシア・ベルナルが主演した「ロンリエスト・プラネット/孤独な惑星」(11)という映画の一場面だ。傑作とはいいがたいが、中盤に印象的なシーンがある。

ガルシア・ベルナルが演じるアレックスという青年は婚約者のニカ(ハニ・フルステンベルク)とコーカサスの山地をトレッキングしている。ところが、山道ですれちがった猟師が、ちょっとした勘違いでアレックスに銃口を向ける。するとアレックスは、反射的にニカの陰に隠れてしまうのだ。もちろん彼は、あわててニカの前に戻り、弾除けの姿勢を取る。だが、一瞬とはいえ、彼は彼女を自分の楯にしてしまったのだ。ニカはアレックスを許せない。表情をこわばらせ、心を凍りつかせてしまう。

「ロンリエスト・プラネット 孤独な惑星」 「ロンリエスト・プラネット 孤独な惑星」 写真提供:アマナイメージズ

同様の心理が、トマスとエバの間にも生じる。「エバ、怒ってるんだな」「怒るべきかしら」「そうは思わないんだが」「そうね」……ぎくしゃくした会話でとどまっているうちは軽症だが、感情はどんどんこじれていく。エバの態度はよそよそしくなる。もともと唯我独尊的な感じを漂わせているトマスは、記憶を捏造してでも自分の行動を正当化しようとする。だが、エバの携帯電話にはトマスの取った行動の映像がしっかりと残されている。

知り合いと食卓をともにすると、エバはことさらにトマスの行動をあげつらい、しつこく責め立てる。リフトに乗って安全バーを下ろすときも声をかけない。バーの先端が、トマスのヘルメットに当たる。このあたりは、まあ序の口か。

油断のできない業師

監督のリューベン・オストルンドは、イングマール・ベルイマンミヒャエル・ハネケの特性も継承している。ただ、ベルイマンほど重厚ではないし、ハネケほど冷徹ではない。それでも、辛辣な観察力の持ち主であることに変わりはない。私は彼の長篇を2本だけ見ているが(1本は「INVOLUNTARY」=心ならずも=で、もう1本は「PLAY」だ。後者は11年の東京国際映画祭で最優秀監督賞を得ている)、この人にはとぼけた笑いと冷え冷えとした断絶を平然と同居させる体質がある。ほころびやわだかまりやぐらつき、さらには感情の内出血を描き出すのも巧い。

前者では、全裸で逆立ちしている男の肛門にスウェーデン国旗を突き立てようとする場面が忘れがたい。後者では、拉致された少年のひとりが腕立て伏せ100回に挑もうとすると、拉致した側の少年たちが本気でそれを励ます場面が印象に残る。要するに彼は「一筋縄ではいかない世界」を居合抜きのように繰り出すのが得意だ。だから、油断ができない。うかうかしていると、きわめて重要な場面が一瞬のうちに眼の前を通過してしまう。

「PLAY」(日本未発売) 「PLAY」(日本未発売) (C)Coproduction Office

フレンチアルプスで起きたこと」にも、この居合抜きが出てくる。たとえば、エバに責められて窮地に立ったトマスが押し黙っていると、その沈黙を断ち割るかのように、画面の手前から奥に向かってドローンが飛んでくる場面。飛ばしているのは息子のハリーだ。ほんとにいたずら好きだなといいたくなるショットだが、見ている側は思わず飛び上がりそうになる。

そういえば、人工雪崩を起こすためのダイナマイトの音や、シークエンスの切れ目に何度も挿入されるビバルディの旋律(「四季」のなかの「夏」)なども、居合抜きの一種だろうか。いや、もっとショッキングなのは、コーナーに追い込まれて防戦一方になったトマスが、幼児退行現象を起こして大声で泣きじゃくるシーンだろう。これには、驚きを通り越して思わず笑い出してしまう。監督のオストルンドは、居心地の悪さの果てに横たわる痙攣的な笑いの存在を熟知しているようだ。

とまあそんなわけで、「フレンチアルプスで起きたこと」は、モラルやジェンダーの問題(このあたりをくどくどと分析するのは野暮で退屈な気がする。男も女も厄介な性格をしているのだ。普通に見ていれば、わかる人にはわかる)に接近しつつ、カラフルな技をつぎつぎと繰り出して、見る者を飽きさせない。

むしろ私が感心したのは、映画序盤の雪崩の場面と対をなすように、曲がりくねった急勾配の山道を映画の終盤に出してくる着想の妙だ。バスの運転手がこの山道で四苦八苦したあと、登場人物たちは果たしてどのような行動に出るか。しつこいクリンチワークを重ねたあとで、ぽんと観客を突き放す着地の巧さも見上げたものだ。オストルンドという監督にはこれからも注目していきたい。

【これも一緒に見よう】

■「ホリデーロード4000キロ
1983年/アメリカ映画
監督:ハロルド・ライミス

■「ロンリエスト・プラネット/孤独な惑星
2011年/アメリカ・ドイツ合作
監督:ジュリア・ロクテフ

■「ある結婚の風景
1974年/スウェーデン映画
監督:イングマール・ベルイマン

■「白いリボン
2009年/ドイツ・オーストリア・フランス・イタリア・ドイツ合作
監督:ミヒャエル・ハネケ

■「INVOLUNTARY」(日本未発売)
2008年/スウェーデン映画
監督:リューベン・オストルンド

■「プレイ」(日本未発売)
2011年/スウェーデン・デンマーク・フランス合作
監督:リューベン・オストルンド

[筆者紹介]

芝山幹郎

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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