ヒッチコック映画の2大悪役 : 芝山幹郎 悪党のいるダブル・ビル

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コラム:芝山幹郎 悪党のいるダブル・ビル - 第6回

2009年5月27日更新

第6回:ヒッチコック映画の2大悪役

面白い映画に悪党が出ているとは限らないが、魅力的な悪党の出ている映画は、まずまちがいなく面白い。これは格言に近い。私の経験からいってもほぼ正しい。

悪党は、負の感情を解き放つことが許されている。悪党は、モラルに縛られない。いいかえれば、魅力的な悪党は快楽的だ。魅力的な悪党は知性が高い。そんな悪党の出ている映画を探してみよう。昔ながらの「2本立て=ダブル・ビル」形式を借りて、幻の映画館で悪党と悪党を競わせてみよう。第6回は、魅力的な悪役を輩出したヒッチコック映画のなかから、きわめつきの悪党ふたりを選んでみた。

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サイコ」のアンソニー・パーキンスか? 「見知らぬ乗客」のロバート・ウォーカーか? それとも「断崖」のケイリー・グラントか? ヒッチコック映画の悪役はいずれも魅力的だが、私の脳裡に焼きついて離れないのは「疑惑の影」のジョセフ・コットンと「レベッカ」のジュディス・アンダーソンだ。ふたりの悪魔はどのような姿をしていたか。どのようにヒロインを苦しめ、どのような末路を迎えるのか。知らぬ人はいないはずだが、忘れた人や未見の人は、いますぐDVDを再生していただきたい。

■「疑惑の影」のチャーリー叔父さん

“優雅な悪魔”ジョセフ・コットン(左) “優雅な悪魔”ジョセフ・コットン(左) Photo:Album/アフロ [拡大画像]

「自作のなかでも一番好きな映画だそうですが」とF・トリュフォーに尋ねられて、ヒッチコックは「いや、そういうわけじゃないよ」と言葉を濁している。ありようは知らず、「疑惑の影」がとてもよくできた映画であることはまちがいない。語りのテンポがよく、ペースにムラがなく、サスペンスの押しと引きも急所をあやまたずとらえている。

原動力となったのは、いうまでもなくふたりのチャーリーだ。ひとりはチャーリー叔父さん(ジョセフ・コットン)、もうひとりは姪のチャーリー(テレサ・ライト)。

叔父は連続殺人鬼だ。姪は叔父に憧れていたが、しだいに疑惑をつのらせていく。叔父は揺れる。とくに雲行きが怪しくなってからは、強圧的になったりひるんだり、凄んだり懐柔したり、と押し引きを重ねつつ、いつなんどき本当に牙を剥くのかという恐怖の水位をじわりじわりと高めていく。

このサスペンスは磁力が強い。ジョセフ・コットンは長身だ。肩幅が広く、鼻が高く、声がよくて眼光が鋭い。しかも彼はニヒリストだ。裕福な未亡人の連続抹殺を理想主義の美名で包み隠そうとしているが、実態は憎悪と欲望の結合体だ。優雅な悪魔といいかえてもよいか。

こんな悪魔に狙われて、姪のチャーリーは無事に逃げ切ることができるのか。あるいは、逆襲に転じることができるのか。はらはらどきどきの115分間はすぐに過ぎる。叔父は姪を「チャーリー」と呼び、姪は叔父を「アンクル・チャーリー」と呼ぶ。正確に数えたわけではないが、「チャーリー」という名前は映画のなかで150回以上呼び交わされる。

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疑惑の影

原題:Shadow of a Doubt
監督:アルフレッド・ヒッチコック
出演:ジョセフ・コットン、テレサ・ライト、マクドナルド・ケリー
1943年アメリカ映画/1時間48分
発売元:ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン 価格:1500円(税込)
ユニバーサル・セレクション キャンペーン2009 第5弾 6月5日発売

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■「レベッカ」のダンバース夫人

ジョーン・フォンテインとジュディス・アンダーソン(右) ジョーン・フォンテインとジュディス・アンダーソン(右) Photo:Album/アフロ [拡大画像]

レベッカ」は古びない。味わいに飽きが来ない。単なる心理ドラマに見せかけながら、ホラー映画とはやや異なった形で亡霊の力を働かせているためだろうか。

ご承知のとおり、話は明快だ。内気なアメリカ人の娘(ジョーン・フォンテイン)が南仏の観光地で英国の大富豪マクシム(ローレンス・オリビエ)と出会い、結婚する。先妻レベッカを失って落ち込んでいたマクシムは、新妻を連れて故郷のマンダレー荘園へ帰る。

マンダレーの館を仕切っているのは、レベッカの召使いだったダンバース夫人(ジュディス・アンダーソン)だ。先妻に忠誠を誓っていた(いや、もっと親密な関係があったのかもしれない)夫人は、新妻になにかと意地悪く当たる。新妻は動揺し、館に潜むレベッカの気配におののく。

ダンバース夫人は、ほとんど歩かない。すり足で滑るように動くのだが、むしろ「いきなり現れる」印象が強い。新妻が振り返ると……新妻が眼を上げると……なぜかかならず、ダンバース夫人がそこにいる。

不気味だ。黒ずくめの長いドレスを着て、両手を身体の前で組み、背筋をぴんと伸ばした姿は、威厳というよりも「凍りついた憎しみ」を感じさせる。しかもキャメラは、ほぼ一貫して浅めの仰角で彼女をとらえる。つまり、演技と撮影は手をたずさえて夫人の冷たさと威圧感と敵意を強調するのだ。が、芯にあるのは、なんといってもアンダーソンの演技だろう。「悪魔の役を演じたことはあっても、意気地なしの役は演じたことがない」という彼女自身の発言は、このときの演技にもぴたりと当てはまる。

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画像4

レベッカ

原題:Rebecca
監督:アルフレッド・ヒッチコック
製作:デビッド・O・セルズニック
出演:ローレンス・オリビエ、ジョーン・フォンテイン、ジュディス・アンダーソン
1940年アメリカ映画/2時間10分

[筆者紹介]

芝山幹郎

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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