モリーとアントン : 芝山幹郎 悪党のいるダブル・ビル

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コラム:芝山幹郎 悪党のいるダブル・ビル - 第3回

2009年2月25日更新

第3回:モリーとアントン

面白い映画に悪党が出ているとは限らないが、魅力的な悪党の出ている映画は、まずまちがいなく面白い。これは格言に近い。私の経験からいってもほぼ正しい。

悪党は、負の感情を解き放つことが許されている。悪党は、モラルに縛られない。いいかえれば、魅力的な悪党は快楽的だ。魅力的な悪党は知性が高い。そんな悪党の出ている映画を探してみよう。昔ながらの「2本立て=ダブル・ビル」形式を借りて、幻の映画館で悪党と悪党を競わせてみよう。第3回は、観客を震え上がらせたふたりの殺し屋だ。

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素性の知れない大金は危ない。映画好きならだれでも知っている不文律なのに、映画の登場人物は、なぜかかならず持ち逃げを図る。が、ことがすんなり運ぶわけはない。逃げる男には追っ手がかかる。それも、できることならこの世で最も遭遇したくない追っ手が。「突破口!」のモリーも、「ノーカントリー」のアントン・シガーもそうだ。どちらが怖いか、といえば勝敗はおのずから明らかだが、味の深さは甲乙つけがたい。では、凄みあふれるふたりの怪物を見比べてみよう。

不気味な大男モリー 不気味な大男モリー (C) 1973 Universal Pictures
All Rights Reserved.
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■「突破口!」の大男モリー

1970年代の前半、私は「突破口!」を見て胸を躍らせた。ニューメキシコ州の小さな銀行を襲った強盗が、奪った鞄を開けてみると、75万ドルもの大金が収められている。なのに、新聞に公表された被害額はわずか1300ドル。これにはもちろん裏がある。

強奪犯を率いるチャーリー・バリック(ウォルター・マッソー)は、曲芸飛行のパイロットをしていた前歴がある。現在の隠れ蓑は農薬散布業者だ。いずれにせよ、飛行機が小道具に使われることは察しがつく。

彼が盗んだマフィアの隠し金奪回に赴くのは、殺し屋モリー(ジョー・ドン・ベイカー)だ。いま見直すと意外に牧歌的な存在だが、公開当時、モリーはなんとも不気味に見えた。まあ、こちらの年齢や時代のせいもあったのだろう。ベージュのスーツを着てカウボーイブーツを履き、ブライヤーのパイプを口から離さず、朝食には3分半のゆで卵と全粒粉のトーストとハーブティー(当時は珍しかった)を注文し、娼婦とは寝ないという性格設定。

そんな大男の仕事師が、チャーリーや仲間のハーマン(アンディ・ロビンソン)をじりじりと追いつめていく。一方のチャーリーも、マフィアの執拗な魔手から逃れるための綿密な「持ち逃げ計画」を練る。さあ、この勝負の行方は?というわけで、「突破口!」はいまも見飽きないタイトなアクション映画だ。ちなみに、ロケ地はネバダ州のジェノア近辺。砂埃のなかからどんな展開が生まれるかは、見てのお楽しみだ。

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突破口!

原題:Charley Varrick
監督:ドン・シーゲル
音楽:ラロ・シフリン
出演:ウォルター・マッソー、ジョー・ドン・ベイカー、アンディ・ロビンソン
1973年アメリカ映画/1時間51分
発売元:キングレコード株式会社
価格:4935円(税込)発売中

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■「ノーカントリー」のアントン・シガー

世界最悪の髪型をした極悪の殺し屋シガー 世界最悪の髪型をした極悪の殺し屋シガー Copyright (C) 2007 by Paramount Vantage,
a Division of Paramount Pictures
and Miramax Film Corp. All Rights Reserved.
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2008年冒頭、私はふたたび衝撃を受けた。コーエン兄弟の悪夢的な傑作「ノーカントリー」でアントン・シガー(ハビエル・バルデム)という殺し屋に遭遇したからだ。

シガーは「世界最悪の」髪型をしている。70年代のネバダ州にあった売春宿の主人の写真がモデルにされたそうだが、夢魔にうなされたあとのエリック・バードンを思わせる不気味なロングヘアの下で、さらに不気味な三白眼が標的を見据える。追い討ちをかけるのが、かすかにラテン系のなまりが混じった低くて深い声だ。

シガーに追われるのは、麻薬がらみの200万ドルを持ち逃げしたルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)だ。モスはベトナム帰りの元溶接工で、西テキサスのトレーラーハウスで妻と暮らしていた。

シガーは、圧縮空気のボンベと家畜用のスタンガンを持ち歩いている。サイレンサー付きのショットガンを使うこともある。鍵穴と人の額をどちらも躊躇なく打ち抜くが、無差別殺人に喜びを覚える変質者ではない。ただ、彼の行動規範は理解しがたい。「死の使者」とでも考えたほうがよほどわかりやすいが、彼はまぎれもなく地上に存在している。

この追跡劇が「ノーカントリー」のハイライトだ。ただし、よくよく注意して見ると、映画の終盤には、シガーの実体をほのめかす場面が出てくる。ま、解説はやめておこう。光と影の対照、音と沈黙の落差を鮮やかに駆使したコーエン兄弟の超絶技巧も手伝って、シガーは映画史に残る極悪の殺し屋となった。

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ノーカントリー スペシャル・コレクターズ・エディション

原題:No Country for Old Men
監督:ジョエル&イーサン・コーエン
出演:トミー・リー・ジョーンズ、ハビエル・バルデム、ジョシュ・ブローリン、ウッディ・ハレルソン、ケリー・マクドナルド
2008年アメリカ映画/2時間2分
発売元:パラマウントジャパン
価格:4179円(税込)発売中

[筆者紹介]

芝山幹郎

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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