黒澤映画の2大悪役 : 芝山幹郎 悪党のいるダブル・ビル

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コラム:芝山幹郎 悪党のいるダブル・ビル - 第16回

2010年3月26日更新

第16回:黒澤映画の2大悪役

面白い映画に悪党が出ているとは限らないが、魅力的な悪党の出ている映画は、まずまちがいなく面白い。これは格言に近い。私の経験からいってもほぼ正しい。

悪党は、負の感情を解き放つことが許されている。悪党は、モラルに縛られない。いいかえれば、魅力的な悪党は快楽的だ。魅力的な悪党は知性が高い。そんな悪党の出ている映画を探してみよう。昔ながらの「2本立て=ダブル・ビル」形式を借りて、幻の映画館で悪党と悪党を競わせてみよう。今回は、「映画アニマル」と呼ばれた巨匠・黒澤明の映画を彩ったふたりの悪役にスポットライトを当ててみたい。

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黒澤明の映画には、魅力的な悪役がときおり出てくる。「用心棒」にはモダンやくざの卯之吉がいた。「椿三十郎」には沈毅冷徹な室戸半兵衛がいた。演じたのはどちらも仲代達矢だ。当時の彼はニヒルな美男の代名詞だったから、黒澤明の思い描く悪役にぴったりだったのかもしれない。

が、黒澤映画で悪役をつとめたのは仲代ひとりではない。「酔いどれ天使」では山本禮三郎に凄みがあった。「蜘蛛巣城」では山田五十鈴が恐ろしかった。「天国と地獄」では山崎努が背筋を寒くさせた。わけても記憶に残るのは細面の男優ふたりだ。山本も山崎も、抜き身の刃物を思わせる危うさを画面に漂わせることのできる俳優だった。彼らの魅力を振り返り、彼らが黒澤映画のなかで占めていた位置を思い出してみようではないか。

■「酔いどれ天使」の岡田

山本禮三郎は萩原朔太郎の亡霊だ。「酔いどれ天使」を初めて見たとき、私はそう思った。

私の生まれた年に公開された映画だから、さすがに封切りでは見ていない。銀座の並木座で見たのは、たしか昭和40年代に入ってからのことだ。それでも、眼は黒白スタンダード画面に釘付けになった。映像に気合が入っていて、登場人物にも、いわゆるリアリティとはまた異なる迫力があったからだ。

最大のダイナモは、三船敏郎が演じる闇市やくざの松永だ。眼を血走らせ、髪を逆立て、声に凄みを利かせて、結核患者の松永は破滅への道を突き進む。そこに彫り込まれた「哀れさ」が、志村喬の扮する医者の実直さと響き合って、「酔いどれ天使」の味わいを深める。

山本禮三郎が演じる岡田の役割は、一種の楽園破壊者だ。3年ぶりに出獄してきた彼は、画面に登場するなり、チンピラのギターを手に取って「人殺しの歌」を奏でる。さらに岡田は、まむしを思わせる陰険な手口で松永の縄張りや愛人を奪ってしまう。つまり岡田が現れなければ、松永の破滅はあそこまで加速されずにすんだはずなのだ。

もちろん私は、のちに「酔いどれ天使」を何度か見直した。見直すたびに、山本禮三郎は萩原朔太郎から遠ざかっていった。ぎょろ眼を剥いた表情が滑稽で、せこい態度や矮小なマキャベリズムが眼につくようになったからだ。それでも、彼の魅力が色褪せたわけではない。黒澤明の意図した「人間性の追求」が深みに到達したか否かはさておき、「酔いどれ天使」には、ジェームズ・キャグニーエドワード・G・ロビンソンが出ていたギャング映画の佳作と相通じる風味がある。山本禮三郎は、そんな枠のなかにぴたりと収まる雰囲気を全身から発散していたのだった。

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酔いどれ天使

監督:黒澤明
脚本:植草圭之助、黒澤明
出演:志村喬三船敏郎山本禮三郎木暮実千代中北千枝子千石規子
1948年日本映画/1時間38分
発売元・販売元:東宝
価格:4935円(税込) ブルーレイ発売中
(C)1948 TOHO CO. ,LTD ALL RIGHTS RESERVED.

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■「天国と地獄」の竹内銀次郎

ディスコで踊るサングラス姿の竹内(山崎努) ディスコで踊るサングラス姿の竹内(山崎努) (C)1963 TOHO CO. ,LTD ALL RIGHTS RESERVED. [拡大画像]

山崎努は現代のラスコーリニコフだ。「天国と地獄」を初めて見たとき、私はそう思った。

彫りの深い顔立ち。すらりとした体型。白いシャツの袖をまくりあげ、大きな黒いサングラスをかけて横浜の黄金町を歩きまわる彼の姿は、一度見たら忘れられない「飢え」を感じさせるものだった。それが昭和30年代日本に特有の匂いだと気づいたのは、後年になってからだ。逆にいえば、封切り時にはそんなことは考えない。中学生だった私は、剛直で勇壮な三船敏郎を苦しめる「新人」山崎努の姿にひたすら眼を凝らしていた。

有名な映画だから、筋は先刻ご承知だろう。うだるような夏、吹き溜まりの三畳間に住む医学生の竹内(山崎努)が、高台に暮らす会社重役・権藤(三船敏郎)の息子を誘拐しようとする。が、さらわれた子供は、権藤のお抱え運転手の息子だった。権藤は身の破滅を顧みず、3000万円の身代金を支払う……。

黒澤明最後の傑作とも呼ばれる「天国と地獄」は、日本映画には珍しく空間のダイナミズムが圧倒的な映画だ。高台と低地の対照。特急こだまを使った酒匂川での身代金受け渡し。腰越の丘を登る2台の車の行き違い。灰色の空間を断ち割るような桃色の煙。

そんな映像を背景に、頭の切れる誘拐犯は警察を振りまわしつづける。その言動は、「正真正銘の畜生だ」と刑事(仲代達矢)を歯ぎしりさせるほど虚無的で冷酷だ。脅迫電話でさまざまな条件をもちかけるたび、最後にかならず「権藤さん」といって受話器を置く山崎努の声は、封切りから50年近く経ったいまも、私の耳にこびりついて離れない。

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天国と地獄

監督:黒澤明
脚本:菊島隆三久板栄二郎小国英雄黒澤明
出演:三船敏郎仲代達矢香川京子三橋達也加藤武山崎努
1963年日本映画/2時間23分
発売元・販売元:東宝
価格:4935円(税込) ブルーレイ発売中
(C)1963 TOHO CO. ,LTD ALL RIGHTS RESERVED.

※「悪党のいるダブル・ビル」は今回で最終回となります。ご愛読ありがとうございました。5月下旬から芝山幹郎氏による新連載を掲載します。

[筆者紹介]

芝山幹郎

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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