レクターとバージャー : 芝山幹郎 悪党のいるダブル・ビル

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コラム:芝山幹郎 悪党のいるダブル・ビル - 第15回

2010年2月26日更新

第15回:レクターとバージャー

面白い映画に悪党が出ているとは限らないが、魅力的な悪党の出ている映画は、まずまちがいなく面白い。これは格言に近い。私の経験からいってもほぼ正しい。

悪党は、負の感情を解き放つことが許されている。悪党は、モラルに縛られない。いいかえれば、魅力的な悪党は快楽的だ。魅力的な悪党は知性が高い。そんな悪党の出ている映画を探してみよう。昔ながらの「2本立て=ダブル・ビル」形式を借りて、幻の映画館で悪党と悪党を競わせてみよう。今回の主人公は、ハンニバル・レクターが登場する連作を飾ったふたりの悪党だ。ひとりはいわずと知れたレクター博士、もうひとりは、そのグロテスクな風貌で観客を震え上がらせた復讐鬼バージャー。超人レクターの横顔を描いたあとは、レクターを危機に追い込んだバージャーの行動に迫りたい。

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ハンニバル・レクターは映画史上最も有名な悪役かもしれない。1991年に公開された「羊たちの沈黙」でアンソニー・ホプキンスが演じたレクターは、完全に場面をさらった。わずか20分程度の出番でアカデミー主演男優賞受賞。この事実が、レクターの与えた衝撃をなによりも雄弁に物語る。

だが、続篇の「ハンニバル」ではレクターをピンチに陥れる悪党が登場する。かつてレクターに肉体を破壊されたメイソン・バージャーが、復讐鬼と化して牙を研ぐのだ。さて、ふたりの対決はどんな結末を迎えるのか。練られた筋書を思い出しつつ、ふたりの横顔をじっくり観察してみよう。

■「羊たちの沈黙」のハンニバル・レクター

「羊たちの沈黙」のレクター。ホプキンスの当たり役となった 「羊たちの沈黙」のレクター。ホプキンスの当たり役となった (C)2009 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc.
All Rights Reserved. Distributed by
Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC.
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ハンニバル・レクターは人気が高い。連続殺人鬼であるだけならまだしも、彼には人肉嗜食癖まである。なのに、この人気はなにか。「羊たちの沈黙」を見直してみよう。

レクターの極悪ぶりは、独房から脱走する場面で顕著だ。食事を運んできた看守に手錠をかけ、もうひとりの看守に檻の扉を叩きつけ、ふたりを殺害したあとは血みどろの看守になりすまして救急車に乗り込む。そこから自由の身まではほんのひと息だ。乗員を殺し、旅行者を殺して服と銃を奪ったレクターは、メンフィス空港から悠然と高飛びするのだ。

これだけならただの狡猾で凶暴な犯罪者だが、レクターには研ぎ澄まされた感性と明晰な頭脳と洗練された趣味が備わっている。しかも、彼は奇妙に親切だ。スターリング捜査官(ジョディ・フォスター)に対する親身な振舞いを見ればわかるとおり、人肉嗜食も相手選ばずというわけではない。敵対する人間、無礼な人間、蔑むべき人間には迷わず牙を剥くが、好意を抱いた人間の顔や喉首には愛撫を思わせるような視線を向ける。

つまりレクターは、複雑で危険で優雅な存在だ。独房に幽閉されつつ、想像力の翼を自由に羽ばたかせて脳内に強大な悪の王国を築き上げ、現実世界に横行する犯罪や悪事を手玉にとってみせる。

だからこそ、レクターはモンスターたりうる。レクターを演じたアンソニー・ホプキンスも「短気で暴発しやすい」危険な資質を、優雅と沈着によって制御された役柄の皮膚に練り込み、観客をひとときたりとも安心させない。映画史上屈指の悪党と呼ばれたレクターは、映画史上屈指の超人としても名を馳せることになった。

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羊たちの沈黙

原題:The Silence Of The Lambs
監督:ジョナサン・デミ
脚本:テッド・タリー
出演:アンソニー・ホプキンスジョディ・フォスタースコット・グレンテッド・レビン
1991年アメリカ映画/1時間58分
発売元:20世紀 フォックス ホーム エンターテイメント
価格:4935円(税込) ブルーレイ発売中

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■「ハンニバル」のメイソン・バージャー

バージャーに追いつめられる「ハンニバル」のレクター バージャーに追いつめられる「ハンニバル」のレクター Photo:AFLO [拡大画像]

羊たちの沈黙」から10年、ハンニバル・レクターは銀幕に帰還する。続篇にあたる「ハンニバル」が復活の舞台だ。

歳をとって角が取れたこともあるが、今回のレクターは以前よりもさらにディレッタントだ。フィレンツェに隠棲し、ピアノでゴールドベルク変奏曲を弾き、オペラや香水に薀蓄を傾け、歴史の研究に余念がない。

そんなレクターに復讐の牙を研ぐ富豪がいる。名はメイソン・バージャー。バージャーにはレクターに薬物を投与され、わが手でわが顔の皮を剥いで犬に食わせた過去がある。当然、顔面は原型をとどめぬほど変形し、身は電動車椅子にくくりつけられる結果となった。彼は復讐を誓う。レクターをアメリカへ引き戻し、巨大な人食い豚の餌にしてやろうと企んでいる。

顔がわからぬバージャーを演じるのはゲイリー・オールドマンだ。オールドマンは、それまでにドラキュラやシド・ビシャスやベートーベンに扮してきた。いわば、7つの顔を持つカメレオン俳優だ。

そんな役者が、あえて「顔のない極悪人」を演じる面白さは「ハンニバル」の強力な武器となった。逆にいうと、もし仮にレクターとスターリング捜査官の屈託した恋情のみが延々と描かれ、猟奇的な悪を象徴するバージャーの存在がそこに割り込んでこなかったら、「ハンニバル」はムード先行の自己陶酔型映画で終わってしまったにちがいない。

というわけで、古典的な悪と現代的な悪の対決は「ハンニバル」のハイライトとなる。最終決戦の行方はもちろん伏せておくが、監督のリドリー・スコットは駄目押しさながら、決戦のあとにもうひとつの見せ場も用意している。こちらは、見てのお楽しみとしておこう。

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ハンニバル

原題:Hannibal
監督:リドリー・スコット
脚本:デビッド・マメットスティーブン・ザイリアン
出演:アンソニー・ホプキンスジュリアン・ムーアゲイリー・オールドマンレイ・リオッタジャンカルロ・ジャンニーニ
2001年アメリカ・イギリス合作映画/2時間11分
発売元・販売元:東宝
価格:1995円(税込) DVD発売中
(C)2001 Universal Studios and Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc.All Rights Reserved.

[筆者紹介]

芝山幹郎

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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