第10回:ファシストという名の殺人鬼
面白い映画に悪党が出ているとは限らないが、魅力的な悪党の出ている映画は、まずまちがいなく面白い。これは格言に近い。私の経験からいってもほぼ正しい。
悪党は、負の感情を解き放つことが許されている。悪党は、モラルに縛られない。いいかえれば、魅力的な悪党は快楽的だ。魅力的な悪党は知性が高い。そんな悪党の出ている映画を探してみよう。昔ながらの「2本立て=ダブル・ビル」形式を借りて、幻の映画館で悪党と悪党を競わせてみよう。今回は、「全体の秩序」の名のもとに、無差別殺人にひとしい蛮行をくりひろげるファシストたちの存在に照明を当ててみよう。
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なにが不快かといって、ファシストの存在ほど不快なものはない。宗教問題と人種問題は原理主義の温床、とはよくいわれることだが、ファシストの場合、自分の意に染まぬものをすべて抹殺すべき敵対者と見なすわけだから始末に負えない。気に食わぬ意見や、虫の好かぬ顔や、嫌いな人種をことごとく押しつぶそうとする体質は、なんともいえず気味が悪い。ホロコーストは、そんな体質から生まれた。
映画のファシストも、ひどく神経を逆撫でする存在が多い。ナチであれ、フランコ政権の末端であれ、彼らはシステムの名を借りて、信じがたいほど悪質な存在と化す。そこには「悪の楽しさ」など宿らない。冷酷で無残で機械的な殺人だけが、観客の眼の前でくりひろげられる。不快だ。不快だが、いや、不快ゆえに彼らは観客の記憶に深く残る。そんなファシストの姿を、映画的な記憶の底から掘り起こしてみよう。
■「シンドラーのリスト」のゲート少尉
「冷酷」というレベルを超えるほど不快なゲート少尉(レイフ・ファインズ)(C)1993 Universal Studios and Amblin
Entertainment,Inc. All Rights Reserved.[拡大画像]
「シンドラーのリスト」は微妙な映画だ。
力はある。技もある。役者は巧いし、語り口も滑らかで、195分の上映時間を長いと感じさせない。にもかかわらず、この映画にはどこか空疎なところがある。「操作」というほど露骨なものではないが、ひとつひとつの描写に、微量ではあるものの誇張の薬剤が盛られている、というべきだろうか。いいかえれば、恐ろしい場面が「監督の計算どおりに」恐ろしく、生理的な不快感の域を超えない。さらにいいかえれば、われわれは映画を見る前からこの怖さや不快感をすでに知らされていたような気がする。史実を刷り込まれた眼や耳が、あらためて「現物」に触れたときに特有の深い驚きを覚えないのだ。
もちろん、例外はある。レイフ・ファインズが演じるナチスの少尉アーモン・ゲートなどは、その最たるものだ。ゲートは、プワシュフ収容所の所長だ。冷たく底光りする瞳。だらしなくたるんだ下腹。そんな姿を平然と人前にさらしながら、彼は強制収容したユダヤ人を殺しつづける。
その姿は「冷酷」というレベルを超える。人形の首をもぎ取るときや虫けらを踏みつぶすときでも、人はもうすこし心を動かすものではないか。いわゆる快楽殺人者の殺し方でさえ、もうすこし意味や情感を伴うのではないか。そんなことさえ思わせるほど、ゲートの殺し方は悪質だ。
ファインズは、そんな変質者の姿を粘液的に演じる。彼は、ファシズムの歯車だからこうまで悪質なのか。それとも彼は、根っからのシリアル・キラーなのか。どちらとも判別しがたい邪悪さにおいて、ゲート少尉は映画史に残る不快な存在となった。
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原題:Schindler's List
製作・監督:スティーブン・スピルバーグ
脚本:スティーブン・ザイリアン
出演:リーアム・ニーソン、ベン・キングズレー、レイフ・ファインズ
1993年アメリカ映画/3時間15分
発売元:ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント
価格:1800円(税込) DVD発売中
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■「パンズ・ラビリンス」のビダル大尉
疑問がある。「パンズ・ラビリンス」を見直すたびに、私が覚える疑問だ。主人公オフェリア(イバナ・バケロ)の母カルメンは、なぜビダル大尉(セルジ・ロペス)と再婚しようとしたのか。そもそも彼女は、なぜ大尉の子供などを身ごもってしまったのか。
ビダル大尉は、それほど嫌な男だ。しかも、昨日今日の悪鬼ではない。大尉はフランコ独裁政権の軍人で、スペイン北部に駐屯している。任務は反政府ゲリラの討伐だが、冷酷なファシストの通例に漏れず、彼は射的屋の人形でも撃つように生身の人間を撃つ。
ビダル大尉の不気味さを示す点はほかにもある。大尉は注意力がすぐれている。ちょっとしたことに敏感で、いろんなことを怪しむ。いいかえれば、彼は異様に猜疑心が強く、その延長線上にはむごたらしい拷問や処刑が待っている。言語障害のゲリラ兵士を捕え、「詰まらずに3まで数えられたら釈放してやる」と餌を投げ、案の定、兵士が言葉に詰まると、「残念だったな」とつぶやき、眉ひとつ動かさずに金槌で顔面を殴打する場面など、大尉の体質がよく出ているところではないか。
というわけで、オフェリアの最大の敵はビダル大尉にほかならない。最も忌むべき存在を「お父さん」と呼ばねばならなくなった少女が、苛酷な現実から逃れようとして、これまた苛酷な幻想に遭遇するという「苦痛の重層構造」。そんな構造に支えられて、「パンズ・ラビリンス」は電圧の高さを維持しつづける。一瞬の油断からナイフで口もとを切り裂かれたときの大尉の顔は、「バットマン」のジョーカーさながら、眼に焼きついて離れない。
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原題:El laberinto del fauno
監督・脚本:ギレルモ・デル・トロ
製作:ギレルモ・デル・トロ、アルフォンソ・キュアロンほか
出演:セルジ・ロペス、マリベル・ベルドゥ、イバナ・バケロ、ダグ・ジョーンズ
2006年スペイン・メキシコ合作/1時間59分
発売元:CKエンタテインメント 販売元:アミューズソフトエンタテインメント
価格:3990円(税込) DVD発売中




