面白い映画に悪党が出ているとは限らないが、魅力的な悪党の出ている映画は、まずまちがいなく面白い。これは格言に近い。私の経験からいってもほぼ正しい。
悪党は、負の感情を解き放つことが許されている。悪党は、モラルに縛られない。いいかえれば、魅力的な悪党は快楽的だ。魅力的な悪党は知性が高い。そんな悪党の出ている映画を探してみよう。昔ながらの「2本立て=ダブル・ビル」形式を借りて、幻の映画館で悪党と悪党を競わせてみよう。第1回の悪党は、あの「ジョーカー」だ。
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第1回:ジョーカー2本立て
ジョーカーが2枚そろった。2008年を代表する傑作の一本「ダークナイト」を見て、私は思った。2枚目のジョーカーがヒース・レジャーだったことはいうまでもない。1枚目のジョーカーがジャック・ニコルソンだったことも、あえて付け加える必要はないだろう。どちらのジョーカーも映画史に残る悪党だ。では、ふたりの悪党は、どこが似ていてどこが異なるのか。「バットマン」と「ダークナイト」を並べ、特徴を吟味してみよう。
■「バットマン」のジョーカー
化学と美術に強い「大量殺人のアーティスト」Photo:Album/アフロ[拡大画像]「バットマン」の公開は1989年だった。もう20年も前か。ずいぶん昔のような気もするし、つい昨日のようにも思える。
あのときジョーカーを演じたジャック・ニコルソンは52歳だった。「楽しい悪党」を演じるにはうってつけの年齢だ。若くはないし、老いてもいない。体力と気力が充実し、悪知恵や脂っこさもしっかり身についている。
ジョーカーの本名はジャック・ネピアといった。ジャックは裏社会のボス(ジャック・パランス)の情婦(ジェリー・ホール)と通じてゴッサム・シティを牛耳ろうとするが、バットマンに追われて強酸性薬品のタンクに転落し、恐ろしい姿に変貌する。口が耳もとまで裂け、髪が緑色に変わって、トランプのジョーカーそっくりになってしまうのだ。
ニコルソンは、ここから本領を発揮する。紫色の上着に蛍光オレンジのシャツをまとい、「頭脳明晰、情緒不安定」なジョーカーになりきって映画をぐいぐいと引っ張るのだ。なおかつ「化学と美術に強い」彼は、「大量殺人のアーティスト」を自称する。毒ガスを使って街を恐怖に陥れ、ドガやフェルメールの名画もつぎつぎと切り裂かれていく。
が、ニコルソン版ジョーカーの本質は「ポップアートの動くオブジェ」だ。監督のティム・バートンも、奇矯で嗜虐的な性格をジョーカーに託している。モデルにされたのは、1928年公開の映画「笑ふ男」でコンラート・ファイトが演じた主人公だったらしい。
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「バットマン」
原題:Batman
監督:ティム・バートン
出演:ジャック・ニコルソン、マイケル・キートン、キム・ベイシンガー、ジャック・パランス、ジェリー・ホール、マイケル・ガフ、パット・ヒングル
1989年アメリカ映画/2時間6分
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■「ダークナイト」のジョーカー
「ダークナイト」でジョーカーを演じたヒース・レジャーを見て私は度肝を抜かれた。ニコルソン版ジョーカーが異彩を放っていただけに、その印象を塗り替えるのにこんな手があるとは予期していなかったのだ。
レジャーは、とんでもない手を打ってきた。「ポスト9・11」という言葉で要約することが不可能とはいわないが、まず彼は自分自身の気配を消した。オーストラリア出身で、朴訥なのに物狂いの体質を感じさせるレジャーが、この映画では嗜虐的かつ被虐的な「カオスの代理人」になりきっている。
紫色の上着と白塗りの顔と耳もとまで裂けた口。表面だけを見ればニコルソン版ジョーカーと大差ないが、レジャーの上着は肘の擦り切れた量産品だし、白塗りもずいぶんひび割れている。つまり彼は、ポップアートのオブジェではない。ニコルソンは「大量殺人のアーティスト」を自負したが、レジャーはもっと歪んだ方法で大量殺人を実践する。そこには「アーティスト」とうぬぼれてみせる高踏主義などない。脚や首をぐにゃりと曲げ、深海魚さながら街の死角から忽然と出現するレジャー版ジョーカーは骨の髄まで邪悪で、正気の世界から限りなく遠い。
レジャーは、ジョーカーの原型を「時計じかけのオレンジ」のマルコム・マクダウェルやシド・ビシャスに求めたという。なるほど、私もシドを連想する。彼は、世界の破壊と自己破壊を重ね合わせていた。
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「ダークナイト」
原題:The Dark Knight
監督:クリストファー・ノーラン
出演:クリスチャン・ベール、ヒース・レジャー、アーロン・エッカート、マイケル・ケイン、モーガン・フリーマン、ゲイリー・オールドマン、マギー・ギレンホール
2008年アメリカ映画/2時間32分


