コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第9回

2013年11月11日更新

佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代

第9回:愛しのフリーダ

名誉と栄光と恥辱、愛と憎悪が渦巻いているであろうポップスターの世界。しかもザ・ビートルズという人類史上に燦然と輝く超弩級のポップスターのそばに、こんなに可愛くて、しかもとても高潔な人格の女性がいたなんて!

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これはとても、とても愛らしい映画である。

フリーダというのは、ビートルズの秘書を長年務めた女性フリーダ・ケリーのことだ。彼女はまだ17歳だった時、会社の昼休みに同僚に誘われてリヴァプールのキャヴァーン・クラブに出かけた。そこで出逢ったのが、革ジャンを着たビートルズの4人。まだリンゴ・スターはいなくてスチュアート・サトクリフがいて、ハンブルグ巡業を終えた後、そしてもちろんレコードデビューする以前の話である。

自分よりも、ほんの数歳年上の若者たちのバンド。彼女はその演奏にすっかり夢中になり、毎日のようにクラブに通う熱烈なファンになる。そうしてある日、ブライアン・エプスタインがやってくる。地元でレコード店を経営していた彼はビートルズを売りだそうとマネジメント契約を交わし、そしてフリーダにこう声をかけるのだ。「ビートルズと会社を作るんだ、秘書にならないか?」

そこから始まる大きな物語。最初は物置を改造したオフィスから始まり、「ラブ・ミー・ドゥ」がヒットし、彼女が自宅を所在地にしていたファンクラブへは日ごとファンレターが増えていき、そして2年後には「プリーズ・プリーズ・ミー」が大ヒット。だれも想像もしていなかった速度でバンドはビッグになっていく。しかし彼女は最初から変わらない親愛と確実な仕事ぶりをずっと続け、バンドを裏から支え続けた。メンバーだけでなく、彼らの両親とも親子同然なほどに親しくし、4人が世界を回っているときも家族をずっと見守った。ビートルズにとっても、その家族にとっても、フリーダはなくてはならない存在だったのだ。

おどろくほど敏腕だけど、可愛らしくて親しみやすい秘書。でもビートルズが世界の頂点に立っていた時、彼女はまだ20歳代半ばだったのだ!

映画の中で当時を語るフリーダ・ケリー
映画の中で当時を語るフリーダ・ケリー

そしてバンドが解散してからは、ずっと彼女は沈黙を守り続けた。きっとインタビューや自叙伝のオファーは山のようにあったにちがいない。自宅に保存していたバンドの「お宝グッズ」の数々も、解散の時にファンの人たちに大半をあげてしまって、ほとんど何も残っていない。そうして半世紀の沈黙を守った末に、彼女はこの映画に協力することを決めた。自分の娘に子供が生まれたのがきっかけだったという。彼女は映画の中でこう言っている。

「孫を見た時、伝えたいと思ったの。いつか猫を膝に抱いた白髪の私を見た時、『平凡な人生だった』と思うかもって。60年代に生き、人生を楽しんだ私を誇りに思って欲しいの」

そう語るフリーダはもう60歳代後半だけど、笑顔がなんともチャーミングで可愛らしい。映画を観た人は、きっとこの笑顔にノックアウトされてしまうと思うな。

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■「愛しのフリーダ」
12月7日より、角川シネマ有楽町ほかにて全国ロードショー
作品情報

筆者紹介

佐々木俊尚のコラム

佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。

Twitter:@sasakitoshinao

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