ラッカは静かに虐殺されている : 佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代

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コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第59回

2018年3月26日更新

第59回:ラッカは静かに虐殺されている

恐ろしいほどに迫真性に飛んでいて、そして感動的な作品だ。そして同時に、この映画はメディアをめぐる戦いという現代的なテーマを巧みに切り取っている。

「カルテル・ランド」のマシュー・ハイネマン監督が手がけたドキュメンタリー 「カルテル・ランド」のマシュー・ハイネマン監督が手がけたドキュメンタリー (C)2017 A&E Television Networks, LLC | Our Time Projects, LLC

舞台はシリアのラッカ。かの悪名高いイスラム国(IS)が「首都」にしていたシリア北部の都市だ。昨年秋にシリア民主軍によって奪還されるまで、3年にわたってISに支配されていた。

ラッカは静かに虐殺されている」はとても黙示録的で詩のようなタイトルだが、これは実は団体の名称である。Raqqa is Being Slaughtered Silently. 略してRBSSはシリア人たちによって結成され、ISの恐怖支配をかいくぐってラッカの街の現状を外部に向かって報じ続けた。IS側は、ラッカはまるで地上の楽園のように繁栄し、人々は安定した市民生活を送っているというプロパガンダを流していた。

でもそんなことはない、とRBSSは報じた。物資は窮乏し、日常的な暴力が蔓延している。通りに面した公園で人々が殺害され、首を斬られて柵にさらされている恐ろしい映像も本作には出てくる。子供たちはアフリカ少年兵のように集められて訓練され、兵士にされていく。

画像2 (C)2017 A&E Television Networks, LLC | Our Time Projects, LLC

RBSSの人たちは本職のジャーナリストではなく、故郷ラッカを愛している普通の人たちだ。最初に内戦前のラッカの映像が出てきて、アサド独裁政権下ながらも普通に生活を送り、パーティーを楽しみ、川での水泳に興じる様子が出てきて、その後の惨状との対比に胸が打たれる。

ラッカがISに支配されてから、彼らはスマホでISの行為を撮影し、SNSやYouTubeに投稿するようになった。もちろんこの行為はすぐにISの知るところとなり、メンバーは徹底的に洗い出され、捕まり、処刑され、あるいは行方不明になった。最初は隣国のトルコに国外の拠点を構えていたが、ここも安全ではなく、追いかけられ殺害される者も出た。彼らは亡命者としてさらにドイツに逃れ、活動を続けて行く。

彼らの不屈の闘志と、そしてかいま見える苦悩が、本作の最大の魅力となっている。その描写はとてもドキュメンタリとは思えない。ていねいに描かれた素晴らしいドラマのなのだ。

そして同時に、この映画はメディアの戦いそのものでもある。

画像3 (C)2017 A&E Television Networks, LLC | Our Time Projects, LLC

ISは情報を徹底的に統制して外部に出さないようにするのとともに、ラッカの人々が外部の情報を知ることができないようにした。本作にも、ISが命令して人々が衛星テレビのパラボナアンテナを取り外し、回収させる様子が描かれている。インターネットカフェも閉鎖した。

同時にISは、外部に向けてのプロパガンダは積極的に取り組んだ。勢力拡大とともにプロの映像制作者をも取り込み、高画質で、演出も巧みに作り込まれた動画をプロパガンダに活用するようになった。そうした映像を日本の私たちもYouTubeなどで幾度となく目にしている。完成度の高さは舌を巻くレベルで、ナチスドイツのゲッペルス宣伝相に比してもいいほどだ。

RBSSは、ISのこのメディア戦略に対して、同じようにメディアで立ち向かった。どちらのプロパガンダがより多く、世界の人々にリーチするのかという大いなる競争である。身を隠し、あらゆる方法で外部との通信手段を確保する。まだラッカがIS支配下にあった時に本作の監督マシュー・ハイネマンはインタビューでこう説明している。

「ある3つの方法を考え出して、通信することができたんです。運良く、第一の方法は今も稼働していますが、ISに見つかった場合は、第2、第3の方法に切り替える予定です」

ISに支配されたラッカの街 ISに支配されたラッカの街 (C)2017 A&E Television Networks, LLC | Our Time Projects, LLC

そうやって彼らは情報発信を続ける。そしてこの映画が、麻薬密売組織を描いた「カルテル・ランド」などで有名な米国人映画監督ハイネマンによって撮影され、そこでRBSSの人々はひとつの決断をする。

ヨーロッパにもISの工作員や同調者はたくさん潜んでいて、トルコやドイツに逃れても彼らの生命は極めて危険な状態だ。だからハイネマン監督も、彼らと連絡を取り合う際にはつねに暗号を使っていた。ISの脅威に日常的に晒されているのだ。

しかし――。ハイネマンはこう語っている。

「彼らはこれ以上ソーシャルメディアの影に隠れていたくないと思ったんです。自分たちは実在する人間であり、ラッカの出身者だと世界に示したかったんです。オンライン上の匿名性を隠れ蓑にしていたくなかったんです。これは非常に勇気がいることです。我が身を危険に晒しかねないのに、影から出て自分たちが何者かを公表するのは。彼らはそのリスクを背負いこむことを、敢えてしたんです」

これを「捨て身」と表現するのはあまりにもステレオタイプだろう。しかしこの恐ろしいリスクを犠牲にすることによって、本作は驚くほどのリアリティを持ち、素晴らしいドキュメンタリ作品となった。つまりこの映画が完成し、公開された段階で、「ラッカは静かに虐殺されている」はイスラム国とのメディア戦争に勝利したのである。

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■「ラッカは静かに虐殺されている
2017年/アメリカ
監督:マシュー・ハイネマン
2018年4月14日からアップリンク渋谷、ポレポレ東中野ほかにて全国順次公開
作品情報

[筆者紹介]

佐々木俊尚

佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「レイヤー化する世界―テクノロジーとの共犯関係が始まる」(NHK出版新書)など。

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