コラム：佐々木俊尚　ドキュメンタリーの時代 - 第45回

第45回：ホームレス　ニューヨークと寝た男

映像のギャップが凄すぎて、声も出ない衝撃的なドキュメンタリー。

ニューヨークの華やかなファッション業界。とても細く華奢なモデルの数々。街を歩く美しい女性たち。そして彼女たちを撮影するイケメンのフォトグラファー。元モデルだというマーク・レイは50歳をすぎた年齢ながら、ひきしまった筋肉で高価そうなスーツを全身にぴったりと着こなし、軽やかにパーティーの空間を通り抜ける。188センチの長身。丁寧にととのえられたヘアスタイルと、洗練された身のこなし。「成功したセレブ」にしか見えない。

ところが彼には家がなく、仕事を終えて帰宅する先は、古い雑居ビルの屋上の一角だった。屋根もないようなその場所でマークはセーターを重ね着し、毛布にくるまり、シートを被って毎夜をすごしている。気温がマイナスになる極寒の夜も、雨の日も雪の日も。そして凍りついた朝に目ざめると、公衆トイレで身づくろいをして完璧なスーツを身にまとう。

このギャップのインパクトが凄すぎて、映像に目が釘付けになる。私たちが日ごろ何となくイメージしている「ホームレス」という単語とは、かけ離れた生き方がそこにある。ちなみに本作の原題は「HOMME LESS」。ファッション業界でよく使われる、メンズを意味するオムというフランス語とホームレスを掛けている。

一般的なイメージでは、ホームレスはさまざまなセーフティネットから滑り落ちてしまった先だ。仕事をなくし、貯金もなく、酒や麻薬に溺れ、そして家族や友人を失った先にたどり着く場所。しかしマークはフォトグラファーや映画のエキストラなどの仕事がある。友人もいて、時々はレストランでみんなと食事を楽しんでいる様子も差しはさまれる。麻薬や酒や何かに依存して溺れている様子もない。ニュージャージーに帰れば、母親の住む実家もある。

それなのにマークは本作が撮影されるまで、6年間もビル屋上の生活を送っていたというのだ。

背景には、華やかさとは裏腹のファッション業界の過酷な現実がある。豊かなのはアパレル企業やファッションデザイナー、トップモデルの一部だけであり、いくらイケメンでも男性モデルの収入は低い。フォトグラファーの仕事も同様だ。インターネットの時代になってからモデルや写真の仕事をする人のすそ野は広がり、ますますプロとして生きていくことは難しくなった。

だからといって、自分の低い収入に見合ったライフスタイルや服装をしていては、ファッション業界に身を置いていくことも難しいということなのかもしれない。加えて、ニューヨークやサンフランシスコなどの大都市の家賃は高騰していて、普通の人が住むのさえ難しくなってきている。そういうなかで、マークはホームレス生活をあえて選択したということなのだろう。

映画が公開されてマークはくだんのビル屋上には住めなくなり、いまはニュージャージーの実家とニューヨークを行き来し、ニューヨークではカウチサーフィンを使って人の家を泊まり歩いているという。カウチサーフィンというのは、だれかの家のソファに無料で泊めてもらい、互いに交流するというシェアリングエコノミーのサービスだ。

これは21世紀のディストピアの象徴なのか、それとも来たるべきシェアの時代の予兆となるライフスタイルなのか。さまざまなことを深く深く考えさせられる映画である。

■「ホームレス　ニューヨークと寝た男」
2014年／オーストリア＝アメリカ合作
監督：トーマス・ビルテンゾーン
音楽：カイル・イーストウッド
1月28日からヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国順次公開
⇒作品情報