ノーマ、世界を変える料理 : 佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代

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コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第37回

2016年4月28日更新

第37回:ノーマ、世界を変える料理

ノーマは北欧デンマークの超有名レストラン。これまでは北欧料理というと、サーモンとかクリームソースをかけたミートボールぐらいの印象しかなかった。マニアックな人なら、「世界一臭い」と言われるスウェーデンのニシンの缶詰シュールストレミングも思い出すかもしれない。

シェフのレネ・レゼピ率いるノーマは、そのイメージを完全にひっくり返して、北欧の食材をつかって素晴らしく美しく斬新なテーブルを演出し、ミシュランよりも信頼されてる「世界ベストレストラン50」というランキングの第1位に4度も輝くという偉業を成し遂げた。

デンマーク・コペンハーゲンのレストラン「noma」の世界的シェフ、レネ・レゼピ デンマーク・コペンハーゲンのレストラン「noma」の世界的シェフ、レネ・レゼピ

美食好きの人やプロの料理人がこの映画を見れば、レネの天才ぶりや食への求道的な姿勢に強い感銘を受けるだろう。私もそのひたむきな姿にとても感動した。配給会社が作成したリーフレットにも、著名な料理人の人たちの絶賛のコメントがたくさん寄せられている。

しかしわたしはこの映画に、別の印象も受けた。

ひとつめは、レネの出自とその料理の関係の問題である。彼はデンマークの首都コペンハーゲン生まれだが、父親はマケドニア出身のイスラム移民である。だから幼少期はマケドニアで育ち、そしてデンマークに戻ってきてからは「イスラム移民の息子」ということでかなり不当な差別を受けることもあったという。シリア難民の流入などをきっかけに、ヨーロッパでは移民排斥の動きが非常な勢いで高まっている。日本では「高福祉な国々」「民主主義が根付いている国々」として人気が高い北欧でも、移民排斥の傾向は非常に強く、反移民政策を掲げる政党が高い支持を得るようになっている。

そういう時代状況の北欧で、移民の息子レネは逆に北欧そのものに集中し、北欧の食材だけを使うことをこだわった。地中海沿岸と違って北欧には豊かな食材はない(さっきも書いた通り、サーモンやミートボールやジャガイモだ)。グリーンランドを訪ねたのをきっかけに、厳しい自然環境のなかで育っているバラの花やキノコ、さらには苔や昆虫の蟻までをも食材として活用し、美しい料理へとしたてあげてしまったのである。

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北欧の食材で北欧料理をつくるのは、北欧人だけに限る必要はない。日本の料理人が世界に出て、フランスやイタリアの高級レストランの厨房でなくてはならない存在となっているように、あるいは「エスニック料理」の範疇としか思われていなかった南米ペルーから名料理人ガストン・アクリオが出てきたように、いまや世界の料理は民族や国境を越えてさまざまに流動している。「○○国の料理」という定義にはもはやあまり意味はなく、「○○シェフの料理」だけがある。これこそが食のグローバリゼーションなのだと思う。

移動自由な世界になって、美食の人たちは世界のどこにでも出かけて行って、名料理人たちの料理を追いかけるのだ。

そこで、ふたつめの私の印象である。それは料理というのは、究極の「瞬間」の芸術だということだ。それは瞬間であるゆえにとてもはかない。

グローバルな美食の時代に、料理人たちはハリウッドの映画スターのようにもてはやされ、各界から賞賛される。しかし料理は、映画ではない。映画はデジタルデータとして記録され、いったん完成して配給されれば映画館でもネット配信でも半永久的に観られる。しかし料理は、食べる瞬間のそのとき限りである。

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もちろん、サッカーや野球、体操のようなプロスポーツもその瞬間だけの表現だ。しかしスポーツは記録が残る。ウサイン・ボルトが2009年に成し遂げた100メートル9秒58の記録は、わかりやすい数字として世界のだれもが知っている。試合の映像を観れば、名選手たちのプレイの素晴らしさはいつでも再生できる。

しかし料理には、数字はない。料理の写真は見ることができるし、調理している様子は動画で撮影できる。レシピもテキストとして残すことはできる。しかし客がテーブルで満喫した味や食感、においは二度と再現できない。嗅覚や味覚を記録できる手立てがないからだ。19世紀終わりの名料理人エスコフィエのレシピは彼の書いた料理本で知ることができるが、エスコフィエがみずからの手でつくった料理をそのまま再現することはできない。

「料理をたべる」という行為は、味覚や嗅覚のみならず、視覚も聴覚も触覚も、五感すべてが総動員されることである。そういう意味では、他の芸術にはない究極の五感のアートであり、だからこそ二度と再現できない瞬間のアートでもある。

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この究極の瞬間のアートを演出する料理人たち。瞬間でしかないがゆえに、その仕事はとても過酷だ。過去の栄光は顧みられないし、どれだけ素晴らしい料理を完成させても、その味が次の年に落ちてしまえばあっさりと批判される。スポーツや他の芸術のような「記録」も「作品」も残っていないからだ。しばらく前にもフランスの三つ星レストランの料理人が「星を失うかも」と恐れて自殺する事件があった。痛ましい限りである。

本作でも、ノーマがノロウィルスによる食中毒事件に襲われ、3年連続だった「世界のベストレストラン50」1位の座から2位に転落する絶望が描かれる。映画ではレネが再起をかけて再び1位を奪還する奇跡を描いているが、しかしこの戦いをいったいどこまで彼は続けていくのか。その壮絶さには、言葉を失うようなものがある。

そういう料理にまつわる壮絶さと、どこまでも深い北欧の自然の食材、そしてそこから生まれてくる美しい皿の数々。なんとも言えない深さを感じるドキュメンタリである。

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■「ノーマ、世界を変える料理
2015年/イギリス
監督:ピエール・デュシャン
4月29日から、新宿シネマカリテほかにて全国順次公開
作品情報

[筆者紹介]

佐々木俊尚

佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「レイヤー化する世界―テクノロジーとの共犯関係が始まる」(NHK出版新書)など。

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