ビル・カニンガム&ニューヨーク : 佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代

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コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第3回

2013年5月7日更新

第3回:「ビル・カニンガム&ニューヨーク」

「生きている伝説」というのは、こういう人のことを言うのだろう。ビル・カニンガムというニューヨークタイムズ紙のファッションカメラマンは、ありとあらゆる伝説に彩られている。そしてこのドキュメンタリ映画自体も。

――もう84歳になるというのに、ほぼ毎日のように自転車でニューヨークの街頭に出て、道行くおしゃれな人たちのファッションスナップを撮影している。

なのに自分自身のファッションは、パリの道路清掃作業員の制服。気に入って、ほとんどいつもこの服を着ている。雨の日は、すぐに破れる安物のポンチョをガムテープで修繕しながら愛用。


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カメラマンとして客観を保つため、パーティー会場では、水一杯さえ口にしない。出かける前に仕事場でコンビニ弁当みたいなのを食べてからパーティーに行く。

私生活は謎だったが、この映画で明かされた。ずっと独り者で、「ファッションでつねに頭がいっぱいだったから、恋愛もしたことがない」。住んでいる場所はカーネギーホールの建物の中の小さな部屋。そして室内は、これまで撮ったフィルムを収めた灰色のスティールのキャビネットで埋めつくされている。トイレ、キッチンは共同。寝るのは簡易ベッド。

そしてこの映画の制作期間は10年。しかしうち8年は、ビルを説得するのにかかった時間! 残りの2年で撮影と編集がおこなわれた。

ビルは撮影には乗り気ではなく、撮影スケジュールも組めないので、プロデューサーとカメラマンの2人のクルーは1年間、来る日も来る日もニューヨークタイムズのオフィスで待機し、彼が出てくるのを待ち受けた。


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ワイアレスマイクを装着させてもらうのに1か月かかり、それも気の向いたときにだけ可能で、「今晩イブニングパーティーに同行させてもらえないか?」「自転車の後を追って撮影していいか?」といったお願いごとは、机の上にメモ書きで残すだけというやり方で、ビルとコミュニケーションをはかった。

どうだろう、こうやって抜き出してみるだけでも、あまりにも「伝説」ではないか。

しかしビル・カニンガムは、変人ではない。圧倒的偉人である。

映画に出てくる彼はいつもキビキビと動き、笑顔が超のつくぐらいに素敵な人だ。そして彼の撮る写真はとてもキュートで、活き活きしている。枯れてない。年齢はまったく感じさせないのだ。もちろん、その写真は現在もニューヨークタイムズの名物コラムとして掲載されている。

彼はニューヨークのファッション業界の圧倒的存在なのだ。米ヴォーグ編集長の「プラダを着た悪魔アナ・ウィンターをこう言わせているほどだ。「私たちは毎朝、ビルのために服を着るのよ」


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映画の中のビルのセリフも、どれもこれも素晴らしい。すこししゃがれた声で発するこれらのセリフを聞くためだけにも、この映画は観る価値がある。

「最高のファッションショーは、常にストリートにある」

「ストリートが語りかけてくるのを待つんだ。語りかけてくるまで、街へ出て自分の目で見る。街に身を置き、語りかけてくるのを待つ。近道などあるもんか」

「写真家じゃない。名乗ったら詐欺と言われるよ。ただ見たものを撮り、記録しているだけだ」

「誠実に働くだけ。それがニューヨークではほぼ不可能だ。正直でいることは、風車に挑むドンキホーテだ」

「ファッションに否定的な声もある。『混乱を極め問題を抱えた社会で、ファッションが何の役に立つ? 事態は深刻だ』と。だが要するに、ファッションは鎧なんだ、日々を生き抜くための。手放せば文明を捨てたも同然だ、僕はそう思う」

ビンビンと痺れてくる。ファッションに興味がある人も、興味がない人も、ぜひ。この映画には素敵なインスピレーションが溢れていると思う。

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ビル・カニンガム&ニューヨーク
5月18日より新宿バルト9ほかにて全国公開
作品情報

[筆者紹介]

佐々木俊尚

佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「レイヤー化する世界―テクノロジーとの共犯関係が始まる」(NHK出版新書)など。

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