クライマー パタゴニアの彼方へ : 佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代

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コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第18回

2014年8月5日更新

第18回:クライマー パタゴニアの彼方へ

フリークライミング界の若き天才と呼ばれている1990年生まれのデビッド・ラマが、パタゴニアの困難な尖塔セロトーレの岩壁に挑むという物語。いったいどうやって撮影したんだろう?と思わせる、圧倒的な映像がすごい。登攀中の岩肌の冷たさや、難しい場所での切迫感、滑落の瞬間の空気がすっと抜け落ちるような感覚などが、超リアルに映し出されている。自然にできたとは思えないほどに鋭く尖ったセロトーレの勇姿とともに、観ていると猛暑の日本を完全に忘れられる。

セロトーレとパタゴニアの自然をとらえた圧巻の映像も見もの セロトーレとパタゴニアの自然をとらえた圧巻の映像も見もの

そういう爽快な映画なのだけれど、この映画のストーリーが持っている背景を知ると、もっと楽しめる。セロトーレは高さは3000メートルちょっとしかなく日本の山と変わらない程度だけれど、悪天候で名高いパタゴニアにある。晴天の日は年に30日ぐらいしかないと言われるほどで、あっという間に天気が崩れ、吹雪が荒れ狂う。

だからヒマラヤよりも難攻不落だと言われていて、初登頂されたのも1970年代になってからだ。

少しクライミングの歴史を振り返って見よう。70年にイタリアの登山家が挑戦し、難しい壁を登るために130キロの重さのガスコンプレッサーを持ち込んで、360本ものボルトを打ち込んだ。この当時は「人工登攀」がまだ主流のころで、つまりクライミングの技量を高めて薄いラバーソウルの靴と素手で壁を登るのではなく、難しいところがあれば岩に穴を無理矢理開けて、ボルトを埋め込み、あぶみと呼ばれる小さなハシゴをかけながら登ってしまおうというやり方である。この方法で、20世紀半ばから70年代にかけてはたくさんの岩壁が初登攀された。

セロトーレは70年のボルト連打の際は登頂に至らなかったが、74年になって別のイタリア人登山家がついに登頂に成功する。

鋭く屹立するセロトーレ 鋭く屹立するセロトーレ

しかしこのころから、このボルト連打登攀にはだんだんと批判が高まってくる。この上ない自然破壊だし、そもそも「いったい何のために登るのか」という根源的な問題にぶちあたることになる。そういう中で70年代ごろから、アメリカのヨセミテを発祥としてフリークライミングの文化が生まれてきた。ボルトやあぶみなど使わずに、手と足だけで登攀しようという新しい運動だった。そしてこの運動の末に、いまのクライミング文化がある。

とはいえフリークライミングだけでは、アルプスやヒマラヤ、パタゴニアなどの雪氷の岩壁を登攀するのは難しい。雪氷の世界では、アイスクライミングや人工登攀も駆使するアルピニズム(アルパインクライミング)の領域だからだ。とはいえ、それでもアルピニズムの世界にもフリークライミングの考え方を持ち込もうという動きは近年強まっていて、そういう中に、この映画で描かれているデビッド・ラマの挑戦がある。彼はアルピニストじゃなくてフリークライマーなのだけれども、まだフリーで登られていなかったセロトーレを「自分がフリーで登ってみせる!」と宣言しちゃったのだ。

セロトーレのフリークライミングに挑むデビッド・ラマ(右)と、パートナーのペーター・オルトナー(左) セロトーレのフリークライミングに挑むデビッド・ラマ(右)と、パートナーのペーター・オルトナー(左)

とはいえ本作にも描かれているとおり、天気は悪く、雪氷にも慣れておらず、最初の挑戦では手も足も出ないで敗退してしまう。2年後の2回目の挑戦ではなんとか頂上に達したものの、今度は途中でボルトを利用してしまい、「フリーで登ってない!」と批判されて失敗の烙印を押されてしまう。そうして3回目の2012年の挑戦でついに、というところが本作のクライマックスだ。

このラマの3回目の挑戦の直前には、別のアメリカ人クライマーたちが下降時に1970年に連打されたボルトを抜いてしまうという「事件」も起きている。批判を浴びたやり方だったとは言え、すでに歴史的な遺物になっていて地元では保存の結論が出されているボルトを勝手に抜いてしまって良いものなのかどうか。当事者のクライマーは「ボルトなどの永久的な人工手段を設置することと、文学や映画や芸術といったオリジナルの創作物を比較するのは正しくない。セロトーレは人間が傷つける前、すでにオリジナルの創造物だった」と反論している。難しい問題だ。

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もはや世界中の未登頂の山や未踏の場所などどこにもなく、宇宙に出て行くのでもない限り、未知の世界へのフロンティア精神みたいなものは地球上から失われている。世界中のどんな場所でもグーグルアースで見ることができてしまう時代だ。そういう時代には、「手段は何でもいいからとにかく登攀する」というような考え方はもはや成り立たない。

登攀する・登頂するという行為に自分が満足できているかどうか、それは公平な手段で行われているかどうか、ということをつねに自問しなければならない。そして同時に、目的への達成を楽しむのではなく、いま自分がおこなっている行為そのものの持続性を楽しむという方向へと舵を切ってきている。これは自然に対する人間の考え方の、近代以降の大きな転換である。そういう意味からも、この「フリーでセロトーレに登る若きクライマー」というあり方は、わたしたちの自然との向き合い方そのものを象徴しているように思えるのだ。

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■「クライマー パタゴニアの彼方へ
2013年/オーストリア
監督:トーマス・ディルンホーファー
出演:デビッド・ラマ、ペーター・オルトナー
8月30日より、新宿ピカデリーほかにて全国公開
作品情報

[筆者紹介]

佐々木俊尚

佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「レイヤー化する世界―テクノロジーとの共犯関係が始まる」(NHK出版新書)など。

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