コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第52回

2017年10月25日更新

佐藤久理子 Paris, je t'aime

「この世界の片隅に」フランスで口コミ広がりロングラン 批評家、観客ともに高評価

「この世界の片隅に」フランス版ポスター
「この世界の片隅に」フランス版ポスター

フランスはおそらくイタリアと並んで、ヨーロッパで日本のアニメ人気の高い国だ。いまや日本好きにとって外せない定例行事となったジャパン・エキスポや、カンヌから独立して世界的に権威のあるアニメ・フェスティバルに成長したアヌシー国際アニメーション映画祭などがあることからも察せられる。

そのアヌシーで、今年審査員賞に輝いた片渕須直監督の「この世界の片隅に」が、フランスでじわじわとロングランを続けている。周知の通り日本では社会現象になった本作、フランスの劇場公開はバカンス明けの9月6日。もっとも、公開当初はほとんど街頭ポスターなどの宣伝も見当たらず、正直大丈夫かと心配になった。大掛かりな披露試写をもうけて、鳴り物入りで公開した「君の名は。」とは明らかに規模も異なり、こちらがフランス全土で約120スクリーンの展開で、1カ月で25万人を超える動員を集めたのに引き換え、「この世界~」は68館で、1カ月を超えた現状で動員約4万人。それでもこの規模で2時間5分のアニメ作品としては大健闘だろう。配給会社のSeptieme Factoryが地方を拠点にする会社であり、日本のアニメを配給するのは今回が初で、あまりこの手の作品の宣伝に慣れていなかったということは言えるかもしれない。

さらにアヌシーで賞を取ったとはいえ、片渕監督の作品がフランスで劇場リリースされるのは初めて。ジブリ映画のような知名度もなく、昭和を舞台にしたストーリーは、現代のクールジャパンに興味のあるティーンや若いアニメオタク層にはダイレクトに訴求しなかったようだ。

だがその一方で、観た者の評価は批評家、観客ともに星取りで5点満点の4点(仏の映画サイトallocine参照)と、きわめて高い。たとえば「本作は、困難な日常生活のなかで世界に対する揺るがぬ愛の秘密を探しあてながら、あくまで派手さを排除することにより光り輝いている」(ル・モンド紙)、「壮大にして控えめ。歴史的な言及に留まらない、忘れ得ぬ女性の肖像」(テレラマ誌)、「アニメーションの最高峰。ロマネスクな詩情」(ステュディオ・シネ・ライブ)といった賛辞が並ぶ。

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市場調査のため何軒か映画館を回ってみたが、子供やティーンよりも大人の観客層が多く、また男性よりも女性客が過半数の印象だ。3週目からは毎日上映するところが少なくなっていたため、「時間を合わせて劇場まで観に来るのが大変だった」という観客もいて、もう少し観やすい環境であれば集客にも繋がるのではと感じる。

アニメに限らず日本映画が好きという40代の女性に感想を求めたところ、「アニメーションのスタイルがとても詩的で美しい。また日々の庶民の生活がディテールに溢れ、魅了された。その一方で、広島の原爆など歴史的な重さ、悲劇が語られていて心を動かされた」との評価。一方30代の男性は、「真ん中あたりでやや中だるみがあって長いと感じた。後半まですずの生活がとても丁寧に描かれているわりに、戦争のクライマックスの部分がはしょり気味な印象だったのが、ちょっと残念」、30代の女性は「すずが見かけも精神的にもとても幼く描かれているので、始めは年齢の見当がつかず戸惑った。すずよりもしっかり者の義姉の方に共感したが、物語が進むに連れて、頼りないすずがしっかり一家の中心になっていくところに成長が感じられて良かった」と語ってくれた。

こうした作品は口コミで広がって行くタイプだが、実際公開1週目よりも現在の方が6館も上映館が増えている。配給会社のディレクター、ナンシー・ドゥ・メリタン女史はこう語る。「もちろん映画館の意向次第ですが、こういう作品は良さが伝わるまでに時間が掛かることを考慮して、なるべくロングランさせたいと思います。また戦争の歴史が描かれている本作は、教育的にもとてもいい素材だと思うので、学校行事として生徒たちに映画を観せたり、あるいは市民会館などで特別上映をオーガナイズする機会を長期にわたって作っていくつもりです」

12月から来年3月までは、パリ市郊外のピエールフィット・シュル・セーヌにある国立史中央文書館(Archives Nationales/ http://www.archives-nationales.culture.gouv.fr/fr/web/guest/site-de-pierrefitte-sur-seine)で、広島と長崎の被爆者たちによるデッサン展が開催され、その関連イベントとして本作を上映する予定とか。観た後にいつまでも心の片隅を温めてくれるような本作の評判が浸透し、今後もロングランが続くことを期待したい。(佐藤久理子

筆者紹介

佐藤久理子のコラム

佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。

Twitter:@KurikoSato

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