コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第13回

2001年1月5日更新

FROM HOLLYWOOD CAFE
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映画館の数が多いアメリカでは、並んで待つことなんてめったにない。たいていの映画なら上映時間寸前に行けば確実に座れるのだ。だから、年末「トラフィック」という映画を観に行ったとき、ぼくは本当に驚いた。ウエストウッドの映画館のまわりには長蛇の列ができていて、その日のチケットもすべて完売だったのである。列に並んでいるのはすでにチケットを持っている人で、より良い席につこうと、1時間も前から待っていたのだ(ちなみにアメリカの映画館に指定席はない)。これだけの人が殺到したのは、いまがホリデイシーズンであること、同作がゴールデングローブ賞に「グラディエーター」と並んで最多5部門にノミネートされたこと、そして、ロサンゼルスではまだ1館のみの限定上映であることなどがあるだろうが、それにしてもこのこの加熱ぶりはすごい。だって、これは「スター・ウォーズ」のようなイベント映画ではなく、好みで知られるソダーバーグ監督が、ドラッグ戦争を描いたヘビーで複雑なドラマなのだから。

結局、ぼくは日を改めて戻ってこなければならなかったのだけれど(チケットはmoviefone.comで購入)、寒空のもと他のお客さんと一緒に並んで待っている間、ぼくは嬉しい気持ちでいっぱいだった。なにしろぼくの大好きな監督の作品に、これだけたくさんの人が足を運んでくれたのだから。実は「トラフィック」の撮影が始まる数日前、ぼくはソダーバーグ監督にインタビューしている。監督はものすごく興奮していて、これがどれだけの野心作か、熱っぽく語ってくれた。「エリン・ブロコビッチ」が大ヒットして、はじめて叶った念願のプロジェクトだったのだ。

まわりのお客さんの話を聞いて驚いたのは、みんなこれがソダーバーグ監督の作品だと知って並んでいるという事実だ。「彼は独自のスタイルがあるよな」とか「『イギリスから来た男』は最高にクールだったぜ」などという会話がそこらじゅうから聞こえてくる。ゴールデングローブの監督賞に、「エリン~」と「トラフィック」でダブルノミネートされたり、次回作「Ocean's Eleven」にジュリア・ロバーツやブラッド・ピットなどのトップ俳優がこぞって出演を熱望したり、いま確実にソダーバーグ・ブームがやってきているのだ。

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ソダーバーグ監督の作品はジャンルはバラバラで一貫性が見いだしにくいし、監督が表舞台に出てこないので顔が見えない。かつてタランティーノがもてはやされたときに比べると、なんとなく地味である。しかしいまハリウッドで彼以上に洗練された映画を撮れる映像作家は他にいないと思う。その華麗なテクニックをひとつひとつここで説明することは出来ないけれど、たとえば、「アウト・オブ・サイト」を他のエルモア・レナード原作の映画化作品(「ゲット・ショーティ」「ジャッキー・ブラウン」)と比べてもらえば、その違いは明白なんじゃないかと思う。

1時間半ぐらい待って、やっと映画館に入ることができた。「トラフィック」の上映時間は140分。監督の言うように、「フレンチ・コネクション」と「ナッシュビル」を合わせたような映画で、3つのストーリーラインが同時進行し、合計150人以上のキャラクターが動きまわる。手持ちカメラを多用したドキュメンタリー的スタイルだけれど、映像センスはあいかわらず素晴らしい。なによりうれしかったのは、ドラッグという社会問題に真っ正面から向かった作品だということだ。いままでテクニックにこだわるあまり、雰囲気だけの映画になりがちだったソダーバーグ作品が、はじめて声高にテーマを訴えている。間違いなくソダーバーグ監督の最高傑作。これならいくら並んでも観る価値ありますよ。

筆者紹介

小西未来のコラム

小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。

Twitter:@miraikonishi

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