時間の広がりと音の広がりが重なり合う地点を探る“爆音調整” : 私を爆音に連れてって

ホーム > コラム > 私を爆音に連れてって > 時間の広がりと音の広がりが重なり合う地点を探る“爆音調整”
メニュー

コラム:私を爆音に連れてって - 第2回

2010年4月16日更新

音楽ライブ用の音響装置を使い、大音量で映画を見るド迫力かつ新鮮な映画体験が話題を呼んでいる「爆音映画祭」(5月28日〜6月12日、東京・吉祥寺バウスシアターにて)。同映画祭のディレクターを務める映画評論家の樋口泰人氏は、なぜ爆音映画に魅せられたのか? 樋口氏自身の印象に残った上映や作品を振り返りながら、爆音映画の魅力に迫ります。(全3回)

その2 時間の広がりと音の広がりが重なり合う地点を探る“爆音調整”

巨匠スピルバーグによる戦争映画「プライベート・ライアン」 巨匠スピルバーグによる戦争映画
「プライベート・ライアン」
Photo:AFLO [拡大画像]

爆音上映は基本的に新作ではなく、旧作の再上映という形をとる。一度見た映画、すでに過去のものとなってしまった映画を爆音によって掘り起こそうということでもある。あの映画のあの音を聴いてみたい、あの音とともにあの映画を見たら一体どんなことになるだろう。そんな記憶の中の期待とともに上映を企画するわけなのだが、しかし現実に音調整をやってみると、自分がいかに記憶の中で自分勝手な映画を作り上げているか、という現実に直面して愕然とする。記憶の中の「あの音」よりも、当時は意識もしていなかった「この音」のほうが圧倒的な存在感でその映画を支えていたりするのである。

たとえば「プライベート・ライアン」を1回目の爆音映画祭で上映したときのこと。誰もが冒頭の、ノルマンディー上陸の際の激しい銃撃戦の音を思い浮かべるはずで、当然私もそうだった。ところが、である。確かにその銃撃戦の音はこちらの期待通りの音ではあったのだが、それ以上に私を驚かせたのが、映画の後半、いよいよ追い詰められた主人公たちが体感しているはずの、画面には映されていない戦車や装甲車の地鳴りの音であった。未来からやってくる音と言ったらいいだろうか。いつかそれらは自分たちの目の前に現れて必ずや自分たちに襲い掛かるであろう。そのとき自分たちはどうなるのか。果たしてその苦境を耐え忍び生き延びることができるだろうか。もし生き延びたとしたらその後の自分たちの未来はどうなるだろう。あるいは運悪くそこで死んでしまったら、自分たちのいない世界にはどんな未来が待っているだろう。しかし自分たちがここで死んでしまったら、自分たちのやってきたことは一体何なのか、何の役に立ったのか。

そんな妄想が広がっていたのかどうか今となっては定かではないのだが、とにかく映画を見ることと聴くことを一気に結びつける装置のようなものを、当時私は夢想していたのだと思う。吉祥寺のバウスシアターならかつてライブもやっていたし何とかならないか。たったそれだけの理由でバウスシアターにライヴ用の音響システムを使っての上映を相談したのだった。当然快諾。バウスもまた、劇場で保有する巨大スピーカーを使っての音楽映画の上映を独自企画していたのである。そして更なる音を、より身体的な音をと、私もバウスのスタッフも俄然盛り上がっていった。通常の上映とはまったく違う爆音仕様の機材セッティングも施されることになった。

砂漠の中でひたすら歩き続けるガス・バン・サントの「ジェリー」 砂漠の中でひたすら歩き続ける
ガス・バン・サントの「ジェリー」
Photo:Album/アフロ [拡大画像]

そんな兵士たちの不安や予感とともにその音はあった。つまり「プライベート・ライアン」という映画全体が、戦争に参加したあらゆる兵士たちの未来と過去によって作られていたということでもある。音は空間を作り上げるだけではなく、時間をも作り上げる。兵士たちの生きた時間、彼らの過去、彼らの想像上の未来、そして彼らの家族たちの過去や未来が、その音にはこめられている。爆音上映は、そんな音が示す時間のすべてを、「音量」や「音圧」という形にして、私たちの身体の中に注入するのである。つまり「爆音」とは、私たちが感じる映画の中の人生の時間の量でもあるのだ。

あるいはふたりのジェリーが砂漠の中で道に迷いひたすら歩き続けるばかりの「ジェリー」につけられた不思議な足音。それは砂漠を歩くふたりの足音のようでもあり、かつてそこを歩いた人々の木霊のような足音であった。爆音にするとその足音とふたりの動きのズレが鮮明に映し出されるゆえに、そこで示される音と映像の果てしない距離を、私たちは強く実感する。私たちも「ジェリー」の主人公たちとともに、爆音砂漠を彷徨し、時間の粒のひとつひとつを身体に刻み付けていく、というわけである。

だから上映作品ごとに行う爆音調整は、音が示す時間を見つけるための作業と言えるだろうか。あるいは、その映画の時間の広がりと音の広がりが重なり合う地点を探る作業。そこにおいて私たちは時間の旅人となる。つまり、永遠の時間を獲得するのである。

>>「第三回爆音映画祭」ホームページはこちら

※第三回爆音映画祭 eiga.comセレクションは「イングロリアス・バスターズ」に決定しました!

[筆者紹介]

樋口泰人

樋口泰人(ひぐち・やすひと)。映画評論家、爆音映画祭ディレクター。ビデオ、単行本、CDなどを製作・発売するレーベル「boid」を98年に設立。著書に「映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか」 「映画は爆音でささやく 99-09」 、編著に「ロスト・イン・アメリカ」など。

このページの先頭へ

最近チェックした履歴

映画の検索履歴

他の映画を探す

映画館の検索履歴

他の映画館を探す
Jobnavi